VLOG|石川県金沢市のデザインチーム「ヴォイス」 ホームページ作成やCMの企画制作をはじめNPOタテマチ大学を運営

VLOG

PROFILE

宮川真也
株式会社ヴォイス 代表取締役

クリエイティブディレクター

タテマチ大学/NPO金沢マチ
ナカ大学 代表理事

MESSAGE200

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騙し上げてはいけない。

営業力で勝負してはいけない。

商品力で圧倒しなければいけない。

営業の強化が優先ではない。

商品を強化するのが先だ。

商品やサービスを売り込んではいけない。

商品やサービスは作り込まなければならない。

騙し上げてはいけない。

磨き上げなければならない。

営業とは騙しのテクニックである、

と教えてもらったことがある。

極論ではある。

でも、そのとおりだと思う。

商品にお客様を引きつける力があれば

営業や広告は不要になる。

商品力やサービス力がないから

営業コストや広告コストが
かかるのである。

お店もそうだ。

店舗にお客様を引きつける力があれば

広告コストをかけて人を呼ぶ必要はない。

会社もそうだ。

企業に人を引きつける力があれば

採用コストをかけて人を集める必要はない。

VOICEは広告屋である。

広告屋だけど、お客様に広告はさせたくない。

広告をしなくていい状態をつくる。

そこをめざしている。

そこをめざさないかぎり、ただの広告屋といっしょだ。

何を強化すべきか。

何を優先すべきか。

ゆえに何をつくるべきか。

創造的であるよりも効果的であれ。

釣り師は

釣り竿の良し悪しを気にする。

だから釣れないのだ。

ほんとうに

気にするべきことは
魚がどんな餌を好むかである。

ターゲットが期待しているものを無視して

成果を得ようとしても無理だ。

デザイナーや映像制作者は

自分の創造力を発揮して
よい釣り竿をつくろうとする。

いわゆる広告制作者は

斬新でセンスのいい釣り竿づくりを
競い合っている。

まるで、見誤っている。

釣り竿品評会は盛んだが

釣果への関心はない。

大事なのは

創造力や斬新さではない。

効果的か否かだ。

数字はものさしである。

数字をつくるゲームは

たしかにおもしろい。

野球もサッカーもバレーも

得点を重ねることに楽しみがある。

でも、仕事はダメだ。

仕事を、数字をあげるためのゲームにしてはいけない。

スポーツの観客は得点を観たがるけど

会社のお客様は売上や利益に興味はない。

どんな仕事をするかに興味がある。

どんな価値を提供してくれるかに関心をもつ。

会社である以上

数字で結果を出すことは重要だ、
みたいな話をよく聞く。

そう、数字は重要。

でも、だいたい真意を誤っている。

なぜ数字が重要なのか。

数字は自分たちの仕事の質を計る

ものさしだからである。

いい仕事をしていれば売上は良くなる。

いい仕事をしていなければ売上は悪くなる。

売上や利益という数字は

そういうふうにつくられている。

仕事が売上をつくるのだ。

売上が仕事をつくるのではない。

売上が目的化している会社では

月のノルマを達成すると
以後の売上を翌月にまわしたりする。

はたしてそれはお客様のための行動だろうか。

お金を求めてはいけない。

いい仕事を求めなければいけない。

「誰かに学ぶ」が「学ぶ」ではない。

学問の「問」とは質問の問である。

それは誰もが想像できる。

だけど

学問の「問」は自分自身に問うことなのだ
という本質は誰も指摘しない。

もとより実践もされない。

先生や先輩に

疑問を質すのはいい。

いわゆる学びの場では

おおいに質問すればいい。

仕事の現場で疑問が生じれば

誰かと充分に問答するといい。

でも、

自分自身に問うことをしなければ
けっきょく学問にはならない。

他者に教えを請うことが学問ではない。

自分の心に問う。

そして反省する。

あるいは改変する。

そしてまた問う。

そういう行いこそ

学問の「問」の示すところではないか。

「誰かに学ぶ」が「学ぶ」ではない。

と、最近つくづく思う。

質問攻めもいい。

他者に問い質すのもいい。

それではたして

自分に問うてはいるのだろうか
と心配になるのである。

コピー&ペースト。

トレンドを追いかけてはいけない。自分で何も考えなくなるから。「これが流行っているからこれを買う」そこに私の考えはない。トレンド情報の発信は「これを押さえておけばだいじょうぶですよ」というアナウンスである。「だいじょうぶですよ」というのは「あなたは何も考えなくても平気ですよ」ということである。

雑誌のまんまのファッションの人がどこか滑稽に見えるのは「何も考えていない装い」になっているからである。自分がない。似合うはずもない。「これ雑誌に載ってたアイテムですよ」という洋服屋さんの売り文句は、まるで消費者を無能あつかいしている。「あなた何も考えられないでしょうからこれ着ておきなさいよ」。とりあえずあなたコピー&ペーストしておきなさいよ。そういうことなのである。

ビジネスにもトレンドがある。「いまはこれが主流ですからご提案します」という。そこに当人の考えはない。「ここ数年のトレンドはしっかり押さえましょう」。いやいや、そもそもトレンドとして観測されている時点で、それはピークを過ぎている。トレンドは「最近の過去」である。ビジネスの世界では、それでは遅い。自分の頭で考えないと先手は打てない。

ビジネスでコピー&ペーストは通用しない。トレンドをコピーしても品質はつくれない。「いまマーケットで何が主流かを知りなさい」といった類いの助言は、もっともらしいけど、あまり感心できない。まずは自分自身が何を欲しているかを考える。そっちのほうが何百倍も大事だ。

“15 minutes of fame”

得てはいけないものを得ないようにし、

失ってはいけないものを失わないようにする。

それが処世の基本であると

佐藤一斎の『言志四録』にある。

「得」と「失」の二文字こそ

世を渡る道であると説いている。

得てはいけないものとは

たとえば実力にふさわしくない虚名だ。

“15 minutes of fame”

アンディ・ウォーホルは1968年にそう言った。

「未来には誰でも15分間は有名人になれる」

という予言はいま現実になっている。

現代人には、たとえばSNSがある。

SNSのなかでは誰もがヒーローになれる。

注目を得る。

虚名を得る。

まさにバーチャルなヒーローが

日替わりに登場する。

虚名を得ては謙虚さを失う人が

日増しに生まれて消えていく。

SNSに近づかない人は

その儚さと危うさに気づいている。

虚名を博すヒーローたちと

どのようにつきあえばいいのか。

その軽々しい振る舞いに

どう対処すればいいのか。

そのインスタントなコミュニケーションと

どんなふうに折り合えばいいのか。

得てはいけないものを得ないように。

失ってはいけないものを失わないように。

"15 minutes of fame"

得てはいけないものを得ないようにし、

失ってはいけないものを失わないようにする。

それが処世の基本であると

佐藤一斎の『言志四録』にある。

「得」と「失」の二文字こそ

世を渡る道であると説いている。

得てはいけないものとは

たとえば実力にふさわしくない虚名だ。

“15 minutes of fame”

アンディ・ウォーホルは1968年にそう言った。

「未来には誰でも15分間は有名人になれる」

という予言はいま現実になっている。

現代人には、たとえばSNSがある。

SNSのなかでは誰もがヒーローになれる。

注目を得る。

虚名を得る。

まさにバーチャルなヒーローが

日替わりに登場する。

虚名を得ては謙虚さを失う人が

日増しに生まれて消えていく。

SNSに近づかない人は

その儚さと危うさに気づいている。

虚名を博すヒーローたちと

どのようにつきあえばいいのか。

その軽々しい振る舞いに

どう対処すればいいのか。

そのインスタントなコミュニケーションと

どんなふうに折り合えばいいのか。

得てはいけないものを得ないように。

失ってはいけないものを失わないように。
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