VLOG|石川県金沢市のデザインチーム「ヴォイス」 ホームページ作成やCMの企画制作をはじめNPOタテマチ大学を運営

VLOG

PROFILE

宮川真也
株式会社ヴォイス 代表取締役

クリエイティブディレクター

タテマチ大学/NPO金沢マチ
ナカ大学 代表理事

MESSAGE200

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2010年12月
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仕事納めます。

会社の業績と
会社の成長は
比例しないと思っている。

なぜなら

1~2年程度の短期の業績は
その時の勢いでつくれる。

棚からぼた餅もある。

短期目先の業績だけなら

本来の実力とはべつのところで
とり繕うことができる。

とり繕えないのは

会社の業績ではなく
会社の成長のほうである。

1年単位で考えるなら、穀を植えよ。

10年単位で考えるなら、木を植えよ。
100年単位で考えるならば、人を育てよ。

この中国の故事を知ったのは

VOICEをつくって
3年目あたりだった。

いまもノートに書いてある。

自分には

100年単位で
何かを計ることなんか
できなかったけれど、

「VOICEとは人を育てる場所だ」

という指針は

持つことができた。

2010年を告白すると、

人を育てることは
あまりできなかったように思う。

株式会社としての成果には

満足しているけど、
人を育てるチームとしての成果には
反省が残る1年だった気がする。

メンバーのみんなのパフォーマンスには

満足どころか頭が下がる。

人を育てる立場にいる自分には

反省どころか失望すらおぼえる。

残念ながらそういう2010年だった。

2011年は挽回の年だ。

メンバーの成長を推進するために

自分自身が成長しなくちゃいけない。

タテマチ大学の特集。

YouTube Preview Image

タテマチ大学が

テレビで紹介されたものを
もうひとつご案内。

賢者は他者の経験に学ぶ。

勢いよく
成長しはじめた
企業がある。

業績快調。

順風満帆。

すると、

社長や幹部は
とたんに他人の話を
聞かなくなる。

自分たちの

やってきたことは
正しい。

他人の考えより

自身の経験のほうに
軍配は上がる。

少なくとも

自分たちより
儲けていない人より
考えは勝る
と思いはじめる。

ゆえに聞く耳を持たない。

イコール学ばない。

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。

そんな言葉があったと思う。

経験に学ぶというのは

自分の体験の中だけで生きること。

歴史に学ぶというのは

多くの思想や行動にふれること。

他者の話に耳をかたむけるということ。

take and give?

最初にギブがある。

結果としてテイクがある。

ギブ・アンド・テイクは

原因と結果の法則である。

原因がなければ結果はない。

ギブがなければテイクはない。

ギブ・アンド・テイクは

誰もが知っている原則だけど、
ほとんどは
テイク・アンド・ギブで
考えてしまっている。

「あの人はコレをしてくれた。だからアレをあたえよう」

まず、他人から何かをしてもらう。

そのお返しに何かをする。

テイクが先なのだ。

先に何かをしてもらうと

借りができる。

テイク・アンド・ギブしかできないと

借りてばっかりの人になる。

タバコをもらってばかりの人は

ちょっとみっともない。

それと似ている。

style first

結果がすべてとは思わない。

結果だけを

重視してしまうと
本質を見失う。

登山をする。

最近は

高いお金を払えば
だれでもエベレストに
登れるという。

しかし

そこには
スタイルがない。

登頂という

結果は得られるが
過程はない。

なんのための登山か。

過程を無くしたら

本質を無くす。

手段は、選ばなければならない。

どんな方法で

どんな過程を経て
登頂するのか。

プロセスを省略すると

スタイルがつくられない。

スタイルのない行動は

息が続かない。

キレイ部のクリスマス。

今回の授業はテレビの撮影も。

石川テレビ『リフレッシュ』さんが

タテマチ大学の特集を組んでくれるらしい。

12月22日(水)AM10:00の放送予定。

キレイ部プレゼンツ クリスマス特別授業

「キレイ先生!年末年始は身も心もウルウルがいいです!」
アフター5メーク&お手軽レシピでオンナを磨く女子力向上講座

日時:2010年12月15日(水)18:30~20:30

先生:村井 泉恵(資生堂 ビューティーコンサルタント)

山口 美奈(カゴメ 管理栄養士)

かたちをあたえていく②

無形のものを有形にする。

かたちのないものに

かたちをあたえることが
デザインだと定義すれば、

ことばをつくる仕事も

デザインなのではないか
と思っている。

たとえば

概念や意志や思想は
目に見えない。

それを

言葉にして
かたちをあたえる。

目に見えるようにする。

言葉化はビジュアル化でもある。

「writing」というより「design」。

その行為は

文章を書くというより
デザインをしている感覚に近い。

かたちをあたえていく①

目に見えないものを
目に見えるようにする。

それが

デザインなんじゃないか、
という定義がある。

かたちのないものに

かたちをあたえていく。

かたちのないものには

たとえば
関係性がある。

人と人とのつながりは

それ自体は可視化できない。

でも

人と人がつながるための
機会や場所は可視化できる。

そこで生まれたつながりや絆も

目に見えるかたちになる。

コミュニケーションはデザインできる。

デザインというのは

物体のかたちをつくるものではない。

美しいものをつくることが

デザインであるという考え方は
あまりに狭義ではないか。

かたちをつくる、

というより
かたちをあたえる。

そういうふうにとらえたほうが

デザインの本質に近づくのではないか。

editorial

わたしたちの
仕事は
ぜんぶ編集だ。

なにを

やるにしても
編集能力が
ものをいう。

集めて編む。

編むというのは

何事かを組み合わせて
ひとつのかたちを
つくりあげること、
という辞書的な解釈がある。

間違いではないが

たぶんそれでは足りない。

わたしたちの編集とは

取捨選択であり、
集約することであり、
単純化することである。

編集とは

なにごとかを
シンプルにすること、
と解釈してもいい。

編集の仕事は

出版や映像だけに
あるのではない。

料理も編集だと思う。

政治も編集だと思う。

料理も政治も

わたしたちの仕事も、
向かうべきは
編集による単純化である。

編集による複雑化ではないのだ。

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