VLOG|石川県金沢市のデザインチーム「ヴォイス」 ホームページ作成やCMの企画制作をはじめNPOタテマチ大学を運営

VLOG

PROFILE

宮川真也
株式会社ヴォイス 代表取締役

クリエイティブディレクター

タテマチ大学/NPO金沢マチ
ナカ大学 代表理事

MESSAGE200

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パラダイムシフトのゆくえ。

モノが
大量に
消費される。
模倣される。
そして
陳腐化する。
金融市場主導の社会は
モノづくりにも
大きな影響をあたえた。
拝金主義は
モノづくりの現場に
生産性を求める。
より速く
より安く
より多く。
「それをやると質が落ちる」
とこぼせば、
「そんなの言いわけだ」
と叱責される。
質を落とさずに
速く安く多くつくる方法は
あるはずだ、と。
クリエーターは
質と量のはざまで
葛藤をくりかえしてきた。
質か量か。
いやその両立であり
バランスである。
といった類の議論は
もう視点が旧い。
いまクリエーターが考えるべきは
新しい価値観をビジネスとして
成立させることではないか。
利益最優先ではないビジネス。
「利益を優先しないビジネスなど成り立つのか?」
成り立つのか?
ではなく、
成り立たせなければ
立ち行けない。
大量生産・大量消費に変わる
パラダイムシフトは
消費者側からも求められている。
求めていないのは
旧い経営者や
ビジネスマンだけだ。
生き方を変えなくちゃいけない。
エラそうなことを
書いているが
どうすればいいかの
明確な答えは
自分も持っていない。
書くは易い。行うは難い。
.

あたらしい生き方。

利益優先の資本主義は終わる。
これからわたしたちは
利益を優先しない社会のなかで
生きていくことになる。
むずかしい話ではある。
これまでわたしたちは
拝金主義の社会のなかで
生きてきた。
「まさか!わたしは拝金思想なんかじゃない!」
個人レベルでは
反論したくなるかもしれない。
しかし、
社会のしくみ自体が
拝金主義だったのだ。
個人もその枠組みのなかで
恩恵を受けて生活してきた。
たとえばわたしたちは
会社の勤続年数に比例して
給料は上がるものだ、
と思ってきた。
年齢を重ねるたび
自然と生活は向上していく、
と考えてきた。
お金が生活を豊かにしてくれる、
と信じていた。
そういう過去のあたりまえが
通用しなくなっている。
前提が変わったのだ。
利益を優先する資本主義社会、
という前提が
利益を優先しない社会
という前提に変わった。
それを受け容れられるかどうか。
受け容れてやり方を変えられるか。
個人の生活も。
会社の経営も。
あらゆる計画も、
価値基準も、
キャリアプランも、
見なおさなくちゃいけない。
いま、そういう局面なのだと思う。
.

反省。

理屈に合わないことはしない。
これをずっと肝に銘じてきた。
こと会社経営においては
自分の直感やセンスを
ほとんど信じてこなかった。
だから頑なに
「これは理屈に合うか?」
とイチイチ自問自答してきた。
自分の直感を
疑っていたのは
ワケがある。
感性は
過去の経験や風聞に
養われたものだ。
その過去が疑わしかった。
「みんなずっとこうしてきたから」
「これまでこうやってきたから」
業界の常識とされてきたことと
決別しなければ
埋没してしまうと思っていた。
まぁ
ようは自分に
自信がなかったことに
尽きるのだが。
自信のない人間が
会社を操縦したり
人を雇用したりするためには
合理主義の鎧をまとう必要があった。
合理的に判断しよう。
客観的に行動しよう。
そういうスタンスを
ベースにしてきたから、
ときに大胆にもなれたし、
覚悟も決めれたし、
柔らかくも熱っぽくも
なれたと思っている。
だが。
ちかごろ理屈に合わないことを
してしまっている自分がいるのだ。
反省。
.

がっぱです。

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昨日タテマチ大学の教室で
MROテレビ「がっぱです」(毎週木曜日23:59~)の
番組収録あり。
松村玲郎アナウンサーと白崎あゆみアナウンサーが
女子高校生の授業を受けている!?という設定。
来週木曜日のオンエアらしい。
.

ブームはとっくに去っている。

きょう、
ベンチャー企業の
話題になった。
ベンチャー企業、
という言葉は
とっくに死語である。
一過性のブームだった。
ベンチャーの99%は
うさん臭い。
お金の匂いがするのである。
物事を測る基準がお金というか、
人の価値すらお金をからめて
分別する嫌いがある。
ベンチャー企業の社長=成功者=セレブ=若者の鑑。
持ち上げられたベンチャーは
「みんなこうなりたいでしょ」
といわんばかりに立ち振る舞う。
もはや価値観は変わっている。
お金で人間の価値を定めるような。
そういう尺度は時代錯誤の観がある。
ローカルなタウン誌などの類は
いまだにビジネスセレブを
若者の鑑として持ち上げている。
.

タテ大の授業はなぜ対談形式なのか。

押しつけられても納得できない。
押しつけられた答えよりも
自分でつかんだ答えを信じる。
人間、たいてい、そういうふうにできていないか。
学校の授業は
先生が黒板の前で延々と語る。
結論はこうだと講義する。
それは答えの押しつけに等しい。
生徒に必要なのは
結論だろうか。
情報ではないか。
データではないか。
情報をあたえれば
生徒は答えを見つける。
提示されたデータから
それぞれがそれぞれの結論を見いだしていく。
生徒をみくびってはいけない。
タテマチ大学に集まる生徒は
そもそも成熟した大人である。
結論の押しつけなど
求めていない。
なにかを得たいとは思っているが、
それは自ら考えるためのヒントである。
タテマチ大学の授業は
だから対談形式にしている。
先生とコーディネーターの会話がある。
そこで行き交う言葉を
生徒のみなさんが
勝手に情報に変換してくださる。
考えるためのデータを
自由に拾っていただく。
大人の学びである。
わたしたちのするべきことは
結論の押しつけではなく
情報の提供。
それで充分だと思っているし、
それ以上は野暮だとも考えている。
.

違和感。

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ヴォイスサイト
トップページビジュアルが
新しくなっています。
.

会社とはシステムである。

システムとは何か。
同一の目的をもった要素の集まりである。
携帯電話はシステムだ。
「便利なケータイとして機能する」
という目的のもとに
さまざまな要素(部品)が集合している。
もはや洗練された現代のケータイには
不要な要素など
組み込まれていないだろう。
会社もシステムだ。
同一の目的をもった人の集合体が会社である。
登記すれば会社はできる。
が、
そこに集う人たちの
目的が同一でなければ
会社はシステムとして機能しない。
人の個性は活かさなければいけない。
組織は人にやさしくなければならない。
しかし、
前提にあるのは
人が同一の目的をもつことである。
「この会社は人にやさしい会社だろうか」
「この会社は社員の個性を活かしてくれる会社だろうか」
就職活動の
会社選びの最初の着眼点は、
そこではない。
「この会社はどんな目的をもったシステムなのだろう」
はじめに、その会社の目的に共感できるかどうか。
同一の目的をもって活動できるかどうかが
すべての大前提になる。
人間味のない話ではある。
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やっててよかったタテマチ大学。

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先週金曜日のタテマチ大学
会宝産業株式会社の代表取締役社長
近藤典彦先生。
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90分間ずっと引き込まれっぱなし。
こんなすばらしい授業を受けられるなんて
タテマチ大学をやっててよかった。
参加者約50名が
食い入るように聴いた授業の詳細は
タテマチ大学の学級日誌でどうぞ。
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あそんどるなー。

と思われたい。
コイツらいっつも
仕事で遊んどるなー
と思われたい。
仕事なのに遊んどるなー、である。
社内で誰かが
企画を考えているとき
「もっと遊べば?」と
よく口にしている気がする。
理屈に縛られすぎて
遊べなくなっていることがある。
こんなブランドなんだからとか。
一貫性をもたせなくちゃとか。
パーソナリティはこうなのでとか。
それらはぜんぶ大事だけど
それらはぜんぶ
おもいっきり跳ぶための
ジャンプ台だと思う。
仕事だから行儀よくしなくちゃいけない、
というのは誤った固定概念だ。
仕事だからこそ
遊ばなくちゃ
仕事が凡庸になる。
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