VLOG|石川県金沢市のデザインチーム「ヴォイス」 ホームページ作成やCMの企画制作をはじめNPOタテマチ大学を運営

VLOG

PROFILE

宮川真也
株式会社ヴォイス 代表取締役

クリエイティブディレクター

タテマチ大学/NPO金沢マチ
ナカ大学 代表理事

MESSAGE200

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自分の話より相手の話を優先する。

ディスカッションとは何か。
何が大事か。
ディスカッションは
相手の考えを知ったうえで
自分の考えを伝える場である。
だから自分が話すことよりも
相手の考えを聴くほうを優先する。
論外なのは、
人が話しているのに
自分の話をはじめる輩であろう。
自分の発言をひかえなさい、という話ではない。
相手の話を引き出すために
発言することが必要だし、
なにより重要なのは
対話(ダイアローグ)なのだから。
最初から高度なことをやりましょう、
といってもむずかしい。
だから、まずは人の話を聴きましょう、である。
めざすのは、対話による意志疎通である。

感動の正体。

ここ数日、
感動の安売りが
気になってしょうがない。
「○○を感動させよう」
「感動する△△をつくろう」
口にするのはかんたんだが、
はたして感動の正体とは何か。
「感動」というのは
なにかの壁を超えること
ではないか。
常識。既成概念。予定調和。
それらの壁を超えるとき、
感動というものが生まれる。
「まさか」の現象が起こったときに生まれる。
つまり感動とは、
なにかを破壊するだけの
強烈な意志やパワーを要する。
五輪を観て感動するのは、
アスリートたちのプレーに
決死の覚悟が見えるからだろう。
それぞれの壁を超えるために
人生を捧げてきた様子が
ひしひしと伝わってくるからだろう。
わたしたちは、
ゆえに感動という言葉を
やすやすとは口にできない。
「感動をつくろう」みたいな発言は、
それなりの覚悟があってのものなのか、
ということである。

課題図書ディスカッション。

きょうは
この本をかこんで
社内ディスカッション。
gizenrco.jpg
偽善エコロジー~「環境生活」が地球を破壊する
武田邦彦著/幻冬舎新書

ヴォイスとジオラマのメンバーが
グループに分かれて
意見や感想を語りあった。
いやー愉しかった。
賛否両論は最高におもしろい。
人間は、二人として同じ人間はいない。
一人ひとりが何かを真剣に考えると、
答えは一人ひとり違うものになる。
その一人ひとりが紡ぎだす話を視聴するのは、
作為と欲と俗にまみれたテレビドラマの
千倍おもしろい。
人はおもしろい。
だから
人の話を聴かないのは
もったいない。
もっと人の話を聴こう。
その人の心の内に耳をすまそう。
自分以外の人を
知ろうとしないのは
もったいない。

広告で時間を手に入れる。

時は金なり。
ならば時間はお金で買えるのか。
自分の時間はお金で買えない。
どんな資産家でも
自分の1日を25時間にはできない。
自分の時間は買えないが、
他人の時間はお金で買える。
たとえば、あるところに荷物を届けたい。
自分で届けるか。
宅配サービスを利用するか。
届けて戻ってくるまで往復1時間を要するなら、
宅配代金の○○○円で1時間が買える。
購入した1時間は、
自分のための時間として使える。
そして宅配代金以上の何かを生めばいい。
この話は広告にも通じる。
広告を出稿するということは、
時間を買うことである。
たとえば、お店を1万人に周知宣伝する。
仮に1万人に訪問挨拶したら
半年かかるとする。
テレビCMなら1万人は瞬時。
つまり半年という時間を手に入れることができる。
半年あれば何ができるか。
何に取り組め、何を生み出せるか。
広告とは、
時間という名の経営資源を
手に入れる手段。
広告で時間を買う
という感覚をもつ経営者は、
広告に期待することが明確でいい。

好感度が下がるブログ2。

「仕事なんかがんばらなくていいんですよ」
いまここで
そう論じきることができたら、
自分の好感度は上がりそうだ。
「肩の力をぬいて生きていこうよ」
といった発言もまた
たくさんの支持を集めそうだ。
でも、
昨日のブログの理由をもって
「仕事なんか~」とは言いがたい。
ラクに生きよう的ライフスタイルを
提唱するメディアがある。
その多くは罪深い。
スローだロハスだエコだオーガニックだと。
そういうライフスタイルは
仕事ベースの人生とは正反対の位置にある、
という様子で論じている。
そのほうがわかりやすいし、
好感度もアップする。
結果、販売部数や視聴率は上がる。
大衆は、
「がんばらなくていいんですよ」
という声を待望している。
仕事を愉しむ(がんばる)ことと
生活を愉しむことは、“対(つい)”である。
どんなライフスタイルを指向するせよ、
仕事を主体に考えなければ
人生は愉しめないと思う。

好感度が下がるブログ1。

仕事とは
生きていくうえでの
経済的な手段である。
しかし、
仕事に費やす時間は
人生のうちの
かなり多くを占める。
あくまでも経済的な手段だという割り切りは、
人生においてあまりに大きな犠牲をはらうことになる。
「仕事はできればやりたくないもの」
という考えは人生を蝕む害虫になりかねない。
仕事をいかに愉しむか。
これを人生の主題に据えようとする人は、
人生における時間占有率を考えれば
合理的だし賢明だと思う。
長くなりそうなのでつづく。

社会はタノシイぞ!

「社会はキビシイぞ!」
とたくさんのオトナは語る。
悲観を語って
危機感をあおって
「だからがんばろう!」と。
そうではなくて、
「社会はタノシイぞ!」
「だからがんばろう!」
と伝えられるオトナになりたい。
社会は厳しいもんだから乗り切るためにがんばろう!
ではなく、
社会は楽しいんもんだから楽しめるようにがんばろう!
のほうがいい。
たとえば自分を見て、
「なんかオトナって楽しそう」
と思ってもらえるような。
そういう自分になれたら最高。
目標。

ディベート=ダイアローグ。

議論とは、
意見をぶつけあうことにあらず。
意見を闘わせるのもいいが、
相手を理解しようとする姿勢がないと
ほんとうの議論はできない。
相手の話を聴こう。
相手の意思を見よう。
相手の考えを識ろう。
相手のビジョンを解ろう。
という気のない人とは
議論をしたくない。
議論というより
対話をしなくちゃいけない。
いや、
議論とはそもそも対話なんだと思う。

今日は書きません。

ブランディングというものについて。
今日は書こうと思ったけど書きません。
こちらのブログを見てもらったほうが
理解は深まりそうです。

現在の仕事(業態)を疑う必要がある。

常識がみるみる
変わっている。
最近とくに思う。
なのに思考や行動は
かつて常識とされていたものを
ベースにしている。
例えは枚挙に暇がないが、
ひとつピックアップするなら
ローカルマーケットにおける
広告関係者のスタンスがそうだ。
考え方が古い
というか、
固執している。
本来、
気づき気づかせるべき立場にいる
広告関係者がそうだから
広告主の思考も古いままだ。
「もうそれ古いですよ」
そう伝えなくちゃいけない人たちが
かつての常識を引きずっているから
広告主も進歩がない。
わたしたち広告関係者は、
あらゆるものを
リセットしなくちゃいけない。
「これがわたしたちの仕事だ」
と思っていたことを
疑わなくちゃいけない。
「わたしたちは何を生産すべきか?」
そこを考え直さなくちゃいけない。
「わたしたちは何屋と改めるべきか?」
いわゆる業種業態そのものを
根本的に見直さなくちゃいけない。
危機意識?
とは異なる。
べつに危機感をともなわずとも
ごくごく自然に遂行すべきことだと考える。
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