VLOG|石川県金沢市のデザインチーム「ヴォイス」 ホームページ作成やCMの企画制作をはじめNPOタテマチ大学を運営

VLOG

PROFILE

宮川真也
株式会社ヴォイス 代表取締役

クリエイティブディレクター

タテマチ大学/NPO金沢マチ
ナカ大学 代表理事

MESSAGE200

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幼児化の進む時代のなかで。

すべてに理屈が求められる。
いまは、そういう時代。
理屈があるなら
たいていのことはやってもいい。
そういう時代になっている気もする。
卑怯なことも、
ズルイことも、
やってもいい。
そんなはずはない。
ないのだけれど、
理屈があるんだから
卑怯もズルイもないだろう、という。
損得だけが判断基準になっている。
卑怯なことはやっちゃいけない。
そこには、たしかに、理屈はない。
でも、やっちゃいけないものはやっちゃいけない。
まるで子どもに言い聞かせるようなことを
いちいち口にしなきゃいけないほど、
いま、世の中は幼児化が進んでいる。
我々は、
そういう時代性質を理解したうえで
広告をつくらなくちゃいけない。
そういう時代を形成している大勢にも
きちんと伝わる広告を
こさえなくちゃいけない。

幼児化の進む時代のなかで。

すべてに理屈が求められる。
いまは、そういう時代。

理屈があるなら

たいていのことはやってもいい。

そういう時代になっている気もする。

卑怯なことも、

ズルイことも、
やってもいい。

そんなはずはない。

ないのだけれど、

理屈があるんだから
卑怯もズルイもないだろう、という。

損得だけが判断基準になっている。

卑怯なことはやっちゃいけない。

そこには、たしかに、理屈はない。

でも、やっちゃいけないものはやっちゃいけない。

まるで子どもに言い聞かせるようなことを

いちいち口にしなきゃいけないほど、
いま、世の中は幼児化が進んでいる。

我々は、

そういう時代性質を理解したうえで
広告をつくらなくちゃいけない。

そういう時代を形成している大勢にも

きちんと伝わる広告を
こさえなくちゃいけない。

ゴーゴーゴー。

ヴォイスのトップページビジュアルが
あたらしくなりました。
ビジュアルを押すと
TVCMをご覧いただけます。
週末、
とあるガソリンスタンドで
「ゴーゴーゴー♪ニュージョーリョー♪」
と歌っている子どもがいました。
うれしくなったので
トップページ更新です。
以下は同キャンペーンの新聞広告シリーズ。
NPterume1.jpg
NPterume2.jpg
NPterume3.jpg
<AD 武田裕司 D 田中亜紀>
この新聞シリーズは
まだまだいっぱいバリエーションがあります。
複数のお客さんから
「次はどんなの?こんどはいつ掲載?」
と尋ねられます。
これまたうれしい話です。

ゴーゴーゴー。

ヴォイスのトップページビジュアルが
あたらしくなりました。

ビジュアルを押すと

TVCMをご覧いただけます。

週末、

とあるガソリンスタンドで
「ゴーゴーゴー♪ニュージョーリョー♪」
と歌っている子どもがいました。

うれしくなったので

トップページ更新です。

以下は同キャンペーンの新聞広告シリーズ。

<AD 武田裕司 D 田中亜紀>

この新聞シリーズは

まだまだいっぱいバリエーションがあります。

複数のお客さんから

「次はどんなの?こんどはいつ掲載?」
と尋ねられます。

これまたうれしい話です。

会社は人の森である、という仮説。

木が林になる。林が森になる。
「木」が「木木」になり「木木木」になっている。
木を育てるという意味合いの
「はやす」という言葉。
その名詞形が「はやし」である、
という話を聞いたことがある。
「木」という字を
「人」に置き換えてみる。
「人」が「人人」になり「人人人」になる。
「人人」や「人人人」は、「組織」の状態である。
木を育てて(はやして)林になるように、
人を育てる(はやす)ことができなければ
組織はつくられない。
会社はつくられない。
会社組織をつくるということは、
人を育てるということだ。
林や森を維持するということは、
1本1本の木を育てていくということだ。
会社を維持するということは、
ひとりひとりの人を育てていくということだ。
企業活動とは、
人を育てる活動そのものである
と言い換えることもできる。

アイデアってやつの正体。

機会があれば
こんなことしたい
あんなことしたい。
というのを
どれだけストックしているか。
ストックがなければ
仕事は“受け身”になりやすい。
あたえられた課題に対して、
機会をうかがっていた「こんなことしたい」を
強引にやってしまう。
そのくらいじゃないと、
この仕事をやっている意味すら
失ってしまう。
目の前のテーマと、
じぶんのやりたいことを
結びつける。
その結び目こそが
アイデアの正体ではないか。
アイデアを考える、の本質って、
あんがいこういうことじゃないか、
と思ったりもする。
「おもしろいことができない」
そう嘆く人の大半は、
じつはストックをもっていなかったりする。

こぼればなし(こぼれブログ)。

そもそも、
がんばるだけなら
誰でもできる。
誰でもできることをやるだけで
いい結果を望むのは
間違っている。
というか、
ムシがよすぎる
という言い方もできる。

でなければ、努力は報われない。

とつぜんですけど、
がんばれば利益は後からついてくる、
とは思わない。
たいていの場合、
がんばっただけで
利益がついてくるようには
なっていない。
がんばる前に
利益がついてくる仕組みは
できているか。
そこが大事。
がんばる前に、
仕組みづくりを
がんばらなければならない。
でなければ、努力は報われない。
努力が報われる
ようにするために、
仕組みをつくらなければならないんだ
という話。
利益の話に限らない。
「仕組みで勝つ」というのは、
ビジネス以外のいろんな場面で
通用する言葉だ。

個人技。

勝負の分かれ目は、個人技かもしれない。
仕事の最前線では
一人ひとりの技術や経験や勘がものをいう。
けれども、
組織の管理者は、
最初から個人技に頼る組織づくりを
指向してはならないと思う。
サッカーや野球に例えてみる。
今日も彼のフリーキックで勝った。
今日も彼のホームランに救われた。
いつも“彼の個人技”では、
長いシーズンを勝ち抜けない。
“彼の個人技”で勝ち続けられるなら、
監督というポジションは不要だ。
会社は“個人技”の集合体であろう、
との意見もある。
そうかもしれない。
仕事の最前線における“最後は個人技”を
否定するつもりはない。
否定はしないけど、
最初から個人技まかせの
チームづくりは否定する。
組織力の強化をおざなりにした個人論にならないように。
誰に対してのブログか。
じぶんに対して、書き留め、戒めている。

吸収の量は欲求の量に比例する。

たとえばゴルフ。
18ホールをラウンドして、
100を学ぶ人がいれば
1しか学ばない人もいる。
ぶらりと街に出て
10の何かを見つける人がいれば、
何も見つけない人もいる。
同じことをしているのに、
何かを吸収する人と、何も吸収しない人がいる。
その差はなんだろう。
たぶん、
吸収の量は
欲求の量に比例する。
仕事のレベルを上げたい、
という欲求。
まだまだ成長したい、
という欲求。
いいものをつくりたい、
という欲求。
わたしたちは、もっと、欲しがらなくちゃいけない。
未完成なのだから。
若い人はスポンジのように吸収する、
というけれど、
若いから吸収できる量が多いかというと
そうではない。
ときどき、
わたしはすでに完成された人間です、
といわんばかりの発言をする人と対面する。
若い人がそんな発言をする。
じぶんは若くはないけれど、
じぶん自身もそうじゃないか?
と怖くなる。
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