VLOG|石川県金沢市のデザインチーム「ヴォイス」 ホームページ作成やCMの企画制作をはじめNPOタテマチ大学を運営

VLOG

PROFILE

宮川真也
株式会社ヴォイス 代表取締役

クリエイティブディレクター

タテマチ大学/NPO金沢マチ
ナカ大学 代表理事

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仕事を難しくしてしまっている。

パスワークはアジアのなかでも秀逸だった。
でも、急所を突いてこない日本のパスには怖さがない。
なんの話か。
サッカー日本代表のアジアカップ。
ゴールを目的としたパス交換というより、
パス交換をすることが目的になっている。
パスのためのパス。
ゴールのためのパスになっていない。
「ボールも人も動くサッカー」というけれど、
どこかサッカーがややこしくなっている。
サッカーゲームを難しくしてしまっている。
ときどき、わたしたちは、
わたしたちの仕事も難しくしてしまう。
答えを出すことが仕事なのに、
考えこむことが仕事になっているようなときがある。
とくに、じぶんに、そういう傾向がある。
やってる最中はそれなりに懸命なので気づかない。
週末なんかに1週間をふりかえったとき、
はたと気づく。
いけないなぁと思う。
サッカーも仕事もシンプルなものなのに。

業界バカ。

専門バカという。
業界バカというのもあるらしい。
たとえば、
「うちの業界は特殊なのでそれはムリだ」
という人のことを指す。
「日本には『業界バカ』が多い」
そう話す人がいた。
ドキッとした。
業界の特殊性を持ち出しては
本質から目を背けたり、
変化を受けつけないのは、
うちの業界の得意技である。
なんというか、スタンダードを追求しようとしない。
スタンダードを追求するのはシンドイ。
ゆえに特殊性を理由に追求しようとしない。
世の中に特殊な業界などひとつもない。
ドキッとしたということは、
自分にも思いあたるフシがある
ということだ。

ロマンティスト集団でいこうぜ。

会社に属しているということは、
じぶんたちの未来を
じぶんたちの手でつくっている
ということだ。
じぶんたちで未来を計画して、
じぶんたちで現在を実行する。
「会社の歯車」とか。「会社の駒」とか。
そういう言い方は後ろ向きだ。
だけど、同じ駒でも、
じぶんが「未来戦略のひとつの駒」ならば、
それはとても前向きな駒ではないか。
未来を戦略するという言い方は
ロマンティックすぎるのだろうか。
いいじゃないか。
会社というものに
ロマンを感じられない人は、
なぜ会社に所属しているんだろう
とすら思う。
会社は、ロマンティストの集団であるべきだ。

期待するから裏切られ、そして、

ある方々から
石川県の若いビジネスマンの傾向とは?
というような質問を受けた。
「周囲に期待しすぎる傾向があるのでは」
とお答えした。
自分でやろうとしない。
まわりがやることだ、と考えている。
周囲に期待する。
そして愚痴をいう。
愚痴が多いのは、
まわりに期待するからだ。
自分でやっている人は
愚痴などいわない。
(これは若い人にかぎらない話か。)
「周りに期待しても仕方がないから自分でやろう」
そういう気概をもつ人が
たくさん登場したら
この街はもっとおもしろくなる。

教えないことも教育だと思っている。

ヴォイスやジオラマの若い人たちに
教えたいことは山ほどある。
でも、大部分は教えない。
あれもこれも教えたいのだけど、
グッとこらえて教えない。
小学校の低学年生に分数を教えてはいけない。
かけ算の九九もままならない子に
分数計算を教えても理解できない。
あたりまえの話なんだけど、
ここにクリエーター育成の鍵がある
と思っている。
その人の身の丈にあわせて教えていく。
身の丈とは、咀嚼する力だ。
いま何を伝えたら
彼(彼女)は確実に咀嚼できるか。
いまの彼(彼女)なら
これは確実に咀嚼できるだろう。
確実に、というところがポイントだと思う。
タイミング、ほど重要なものはない。
ウチの若いメンバーの中には、
たくさんのことを教えられる人と、
ちょっとしか教えられない人がいる。
咀嚼力の差である。
幸いウチは学校でも大企業でもないから
全員に一律同じのことを教えなくてもいいのだ。
その人の容量にあわせて
教える量と質を定めていく。
確実に咀嚼できる
適切な量と質を配分していく。
これができる。
しかしながら、教える側の責任は重たい。

プロダクトアウトは悪か。

「自分たちがやりたいことをやる人たち」がいる。「顧客がよろこぶことをやる人たち」もいる。2通りの人たちがいる。マーケティング用語でいうと、「プロダクトアウトな人たち」と「マーケットインな人たち」である。
プロダクトアウトは悪。マーケットインが善。これが一般的な考え方かもしれない。でも、「自分たちが~」と「顧客が~」は、どっちが魅力的か?そう問われたら、答えは人それぞれだろう。ヴォイスの場合は「自分たちが~」のほうに魅力を感じる。そのスタンスのほうが我々らしい。顧客にあわせてどうこうするような器用さは、わたしたちにはない。それを追求するモチベーションにも欠ける。中途ハンパは目に見えている。すなわち顧客満足も中途ハンパになる。
“顧客がよろこぶこと”を軽視しているわけじゃない。結果的には“顧客がよろこぶこと”をしたい。そのために“自社がやりたいこと”に磨きをかけるべきではないか、と。プロダクトアウトもできないでマーケットインという手法が効力を発揮するわけがない、というのがヴォイスの考え方。自分たちがやりたいことを真摯に、真剣に、懸命にやることが、ひいては顧客のためになる、という姿勢。

またしても社員旅行でスミマセン。

失礼します。
ヴォイスとジオラマのメンバー全員で、
明日から社員旅行へ。
前回の旅行から3ヶ月とちょっと。
またか、
との周囲の声を無理やり遮断して、
一同リフレッシュしてまいります。
週明けの月曜日からは
通常どおりやりますので
どうぞご容赦ください。

真剣な人のなんと美しいことか。

どんな業種でも職種でも対象でも。
仕事にひとむきに打ち込んでいる人を美しいと思う。
“仕事”に対して真剣な人を美しいと思う。
遊びや趣味に対して真剣な人は、
美しいとは感じない。
否定はしていない。
それどころか、それはそれで素晴らしいことだと思う。
けれど、
美しいという形容詞が
脳裏をよぎることはないのだ。
なぜだろう。
…………………………。
仕事について真剣に議論しあっている人の姿は美しい。
そこにただよっている時間も美しい。
仕事に対して適当に取り組んでいる人の姿は醜い。
そこにただよっている時間も醜い。
こんなことをいうと、
また宮川は偏屈でカタ苦しくて厳しいことを話している、
と笑われそうだけど。
ってか、宮川自身は美しいのか、ってことですよね。

考えることが美徳、とでも?

人間は、
考える前に
感じるんです。
何かを感じて、
その感じたことについて、
考えるんです。
考えることは大事です。
でも「考えたこと」より、
最初に「感じたこと」のほうが
正解であることが多い。
考えた末の結論より
感じたままの案のほうが
たいてい良い。
感じたままに行動してみて、
そのあと検証する。
とことん考えるのは、あと。
感じる前にとことん考えこんでも、まぁ、答えは出ないです。
日ごろから
「考えることは大事だよ」
と口にしているからでしょうか。
社内を見渡すと、
感じる前に考えている光景が
先週かなり目についた。
それでは前へ進めない。
ちょっと姿勢を変えなければ。
考え悩むことが美徳、
みたいになるのはよくないです。

ヴォイスを取り締まる役。

どんな企業にも生命線というものがある。
ヴォイスにもある。
これがヴォイスの生命線で、
これを失うとヴォイスじゃなくなる、
という、何か。
ゆずれない、何かがある。
生命線は、文字どおりラインで考えるといい。
ゆずれないライン。
その一線を超えてはいけない。
たとえば、
うちの取締役の武田裕司は、
その一線をぜったいに超えようとしない。
ヴォイスのゆずれないものを本気で死守する。
いい加減なワタクシ宮川が
その一線を超えようとしたときも、
制して守りとおす。
取り締まる。
だから彼は取締役なのだ。
ヴォイスとは何か、を語らせたら
自分とタメをはるから取締役なのだ。
ヴォイスを取り締まれる人間が
もっと登場すると、
ヴォイスは強くなれる。
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