VLOG|石川県金沢市のデザインチーム「ヴォイス」 ホームページ作成やCMの企画制作をはじめNPOタテマチ大学を運営

VLOG

PROFILE

宮川真也
株式会社ヴォイス 代表取締役

クリエイティブディレクター

タテマチ大学/NPO金沢マチ
ナカ大学 代表理事

MESSAGE200

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気分屋?

きょうはプレゼンが3案件。
すべてスカッと気もちのいいリアクション。
あぁ、気もちいい。
褒められて伸びるタイプ。
と思っているので、
もっと褒めてもらえるように努力して、
もっと喜ばれるように成長して、
またもっと褒めてもらって、
またもっと喜んでもらいたいスパイラル。
調子に乗りすぎない。
これも大事だと思うけど、
「調子に乗ってなにか?」
という気もちも正直ある。
我々の仕事は
自身のメンタルに大いに左右される。
ゆえに調子にノッてやるくらいが
ちょうどいいと思っている。
依頼者や取引先と
じめじめした関係にあると、
ご提示するものも
湿っぽいものになってしまう。
それじゃいけないんだけど、
そういう傾向になりがちなのは事実。
気分の問題。
無責任な物言いなんだけど。
気分が悪くなる人とは
仕事をしないほうがいい。
結果的に、
その人の気分を悪くしてしまうから。

なぜ他の職業ではいけないのか。

広告に絶対はない。
だから我々はもがき苦しむ。
絶対的な答えがないから
悩みつづける。
広告の定石。
あるのかもしれない。
だけどセオリーに忠実になるほど
見たことのあるものに近づいていく。
見たことのあるものは景色になる。
無視される。
セオリーどおりにはやれない。
型があればいい、と思う。
雛形に従って事を進めればいい。
速く済む。
もがき苦しむこともない。
されど型にははまれない。
絶対的な型などない。
効率は追求できない。
失うものが多大すぎる。
効率を追いかけて、
効率だけを期待されると、
たとえば我々は
もがき苦しむという愉しさを失う。
型をつくれば仕組みはできるが、
型にはまった仕事をするなら、
たとえば我々は
この職業を選択した意味を失う。

仕事と遊びは分けるべきか否か。

遊びもがんばれという。
仕事ばかりしていて
遊んでないと人間がダメになる。
こういう話をよく聞くけれど、
自分はこの意見には同意できない。
仕事と遊びを分けて考えない。
仕事が遊びそのもの。
駆け出しのころは
仕事と遊びを分けてしか考えられなかった。
いまはちがう。
仕事で遊ぶ。遊びながら仕事をしている。
この感覚をもてないときは、
いま思うと
仕事は現在ほどできなかった。
仕事と遊びを分けるのが、正か、否か。
どっちがいいかはわからない。
人それぞれ。
でも、仕事と遊びを分けるほうがラク。
だから多数決をとると、
分けるほうに軍配が上がる。
仕事も遊びもがんばっている人を
メディアは大いにクローズアップする。
わかりやすいし、
編集しやすいからだ。
同意を得やすいからだ。

ルーツはパンクロックだったり。

攻撃的なことをやると、
宮川らしいね、
と言われる(良くも悪くも)。
きょうも言われた。
自覚はない。
むしろ、
自分はなんて守備的なんだ、
と思うことが多いのに。
表現のアプローチが
攻撃的だという。
破壊的だな、
といったニュアンスも
ふくみながら指摘される。
あたらしいテーゼを掲げるために
いまある常識を破壊してみせる。
そのほうがてっとり早い、
と思っているのは事実。
てっとり早いのは
理解も速いし、
わかりやすい。
だからそうする。
攻撃的アプローチが
いつしか自分の型になっている。
とすれば、
それはきっと、
人生のもっとも多感な時期に
パンクロックがもっともカッコイイ、
と思っていたからだ(か?)。
人間のタイプというものは
10代のときにほぼ区分される。
先日そういう話を耳にして
10代に戻って
やりなおしてみたくなった。

デザイン、を、こう考えてみる。

ヴィジョンというのは
目に見えないものです。
それを視覚化するのが
わたしたちの仕事だと考えています。
企業や事業やお店のヴィジョン。
それを映したものが広告であるべきだし、
デザインであるべきだと思います。
たとえば経営者には、
自身が頭に描いているヴィジョンを
目に見えるものにするための
参謀が必要です。
その参謀にヴォイスはなりたい、
ということです。
あなたの考えていることはこういうことですね。
と、視覚化してみせる補佐役でありたい。
そのヴィジョンはこういう言葉や絵にすると伝わりますよ。
と、明示できるパートナーでありたい。
デザインというものを、
目に見えないものを目に見えるものにする作業、
と考えてみたら、どうなるか。

金沢は、金沢を見せてくれ。

石川県が
東京的なものを
めざしても意味がない。
日本が
ニューヨークやパリやミラノのマネをして
苦笑されるのと結果は同じ。
いまアレスが「ドイツケルン国際家具見本市」で
オリジナル商品を展示しているのだけど、
コレがみごとに現地注文殺到とのこと。
オリジナル照明sarasaもすごい人気で
オファーが尋常じゃないらしい。
sarasaimage.jpg
日本オリジナルが
世界各国のバイヤーの
食指を動かしている。
日本は日本を見せてくれ。
というメッセージなんだと思う。
COOL JAPAN。
allesspace2.jpg
現地ドイツのアレスブース。
この写真、今日送っていただきました。
空間演出の一部をヴォイスでお手伝いさせてもらいました。

負けるもんか。か、あるいは無視。

ブナンなところに着地させる。
着地させてお金にする。
不時着させねばお金にならないから、
関係する人たちの意向をうまく調整する。
調える。整える。
そして丸みを帯びてゆく。
それもしかたない、という。
うまく調えられる人が
優れたビジネスマンであるみたいな。
そういう風潮はヘンだと思う。
我々の業界とは
そんなビジネスモデルなのか。
だとすれば、
この業界の仕事の
どこが楽しいのかが分からない。
むやみに波風を立てたい
と言っているのではなく。
不時着が目的ではないということ。
効く広告をつくるのが目的。
あるいはお客さまを勝たせることが目的。
そういう目的地から
はるか遠いところに着地しようとする。
やっぱりちがうと思う。
こんな戯言も、
きれいごと、
と一笑されるのか。

セミナーやります。

「ここ金沢では“ブランド”が流行のようです。でも、ほんとうに正しく解釈され、ブランディングが実行されているかは非常に疑わしい。“美しいカデン”を提唱し、家電製品の概念を変えたamadanaブランドを解剖すれば、わたしたちが気づいていないかもしれない本質に逢える気がします。この街でデザインやブランドに関わる人たち(私もふくめて)の活動ヒントが見えてくるはずです。プロダクトデザイン、空間デザインに関係する方々はもちろん、広くデザインやブランディングに関心を寄せる方に視聴していただきたいイベントです」
アレス主催のデザインセミナーイベントが開催されます。
オリジナル家電ブランド「amadana」をプロデュースする
株式会社リアル・フリート
代表取締役社長・熊本浩志氏がゲスト参加します。
熊本氏と2人でパネルディスカッションをさせてもらいます。
ブランディングやデザインの本質にせまる内容にしたいと思います。
日時/3月8日(木)18:30開場(開演19:00)
場所/金沢21世紀美術館 シアター21
イベントの詳細はアレスホームページでご案内しています。
みなさんお誘い合わせの上、ご来場ください。
セミナーへの参加には事前お申し込みが必要です。
アレスホームページからお申し込みください。
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AD 財部裕貴 武田裕司 D 財部裕貴
作品ページにもアップしています。

50本中50本をおもしろく。

年間に何十本という広告をつくる。
「そのうちの1本や2本は
オモシロイことやれそうな仕事があるから
そのときにオモシロイことをやれ」
といった助言を
自分が駆け出しのころに
されたことがあります。
そのとき、
この仕事やめようかな…
と思ったことを憶えています。
だって、
年間にたった1~2回しか
オモシロクないわけですよ。
反発したら「青臭い」と
相手にされませんでした。
この仕事を長くやっていると、
「そのうちの1本や2本の~」
と助言する意味はよくわかります。
わかるからこそ、
ヴォイスはヴォイスをつくった。
年間に広告を50本つくるなら、
50本ともオモシロイことをやるチームを結成しよう。
それを追求する会社をつくろう。
50本中の1本1本にいろんな条件や制約があります。
それはプレーを楽しむためのルール。
そのなかでオモシロイことにチャレンジするし、
オモシロイ仕事になるよう仕向けてもいく。
そんなチームでいよう。
これ、うちの、ひとつの、原点です。

人間はむずかしくできている。

成長するためには仕事が必要。
仕事がなければ成長は止まる。
仕事には緊張感がついている。
学校の勉強で成長を実感できないのは、
緊張感が欠けているからだと思う。
成長に必要な経験値や体験値。
これは緊張状態にないと
正しく積み上げられない。
弛緩した空気のなかでは
物事にまっすぐ向き合えない。
真正面から対峙することを避けようとする。
これは人間の本能。
だから、
成長をこころざす人にとって
仕事があることはありがたい。
けれど、
こんな話を持ち出して、
「つまり仕事があることを喜びなさい」
というのは少々ムリがある。
忙しいときは
仕事があることを喜べない。
むしろ仕事があることを
憎んだりする。
仕事があることはありがたい
と思えるのは
たいてい仕事がない状況のときだ。
むずかしい。ですね。
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