VLOG|石川県金沢市のデザインチーム「ヴォイス」 ホームページ作成やCMの企画制作をはじめNPOタテマチ大学を運営

VLOG

PROFILE

宮川真也
株式会社ヴォイス 代表取締役

クリエイティブディレクター

タテマチ大学/NPO金沢マチ
ナカ大学 代表理事

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リーダーとは難儀な役回りなものよ。

一頭の羊に率いられた百頭の狼よりも、
一頭の狼に率いられた百頭の羊のほうが、強い。
これは誰の言葉だったでしょう。
出自の不確かな引用で恐縮ですけど、
つまりチームというのは
リーダー次第で強くもなるし脆くもなる、
ということですね。
どんなにいい人材をそろえても、
どんなに人材ががんばっても、
リーダーが脆弱なら
チームは勝利しない。
サッカーは典型ですね。
スター選手をそろえても、
監督の戦術や采配がよくなければ
チームは勝てない。
けっきょくチームが機能しない責任は
リーダーが全面的に背負うべきなんです。
ただしチームが勝てば
手柄は選手のものですけど。
リーダーは難儀な役回りだと思います。
リーダーに抜擢されたならば、
あるいはリーダーになりたかったら、
そんな難儀を覚悟しなければいけない。
それがリーダーの仕事だと
理解しなければいけないですね。
容易ならない立場と責任から逃げている。
そんなリーダーにいったい誰がついていくというのか。

まさかセール。

allessale12.jpg
AD 財部裕貴 D 財部裕貴 *ヴォイスサイトにもアップしてます。
セレクトショップのアレス
12月2日(土)からセールを開催。
その名も「まさかセール」。
毎年6月に1度しかセールをやらないアレスが
この時期にまさかのセール開催です。
今回のセールはなんと店内の全商品全ブランドがセール対象。
ということは、
alles061125+1.jpg
これも、
alles06112.jpg
これも、
期間中に店頭にあったら
セール対象ということです。
なんかここで紹介することが
うちのお客さんだから的な見られかたをされそうですが、
でも、全商品セール対象なんて
2度とないかもしれないので、
家具インテリアが気になってる人は
ホント行ったほうがいいですよ。

とある経営センス。

きょうある企業のトップから
オファーを受けました。
「うちの社訓をつくってほしい」
と。
つまり、
朝礼などで唱和するコトバを
コピーライターといっしょに
つくりたいんだと。
オモシロイ社訓にしてほしい、と。
陰気で、曖昧で、
朝礼で唱和しても
1分後には憶えていないような
社訓にはしたくない、と。
ナマイキ承知でいわせてもらえば、
じつにセンスのいい経営者でいらっしゃる。
どこにお金をかけるか。
が、経営者のセンスだと思います。
(わたしのセンスには疑問符を)
経営というのは
何に投資するか、ですから。
ヒトにせよ、モノにせよ、
事業分野にせよ、業態にせよ、
商品にせよ、教育にせよ、
経営者の意思決定はぜんぶ
何に投資するかを
決定することですから。
先の経営者のようなセンスを見せられると
理屈ぬきに応援したくなる。
こういうオファーを受けたとき
文章をつくる仕事をしていてよかった、
と、つくづく思う。

伝わってくる思慮深さよ。

「しゃべれなければデザインで食っていけない」
と、アートディレクターの武田裕司が言っていた。
なぜこういう企画なのか。
なぜこのメッセージなのか。
なぜこんなデザインなのか。
アートディレクターやデザイナーは
その意図を説明する義務と責任がある。
もちろんコピーライターやCMプランナーにも、ある。
「なんかこのほうがよくないですか」
と言っているに等しい説明や、
断じて説得性に乏しい解説をする。
しゃべれていない。
クリエイティブは理屈じゃない。
が、完璧な答えのない世界だからこそ、
問題解決をまかせてくださる方々は
クリエーター本人を信じるしかない。
何をもって信じるか。
そのクリエーターの発する言葉であり、
そこから伝わってくる思慮深さだと思う。
ものづくりをする人間は
寡黙で口数の少ないイメージがある。
それは一世代前ではないか。
いや、昔から一流と称される人たちは
しゃべっていたはずだ。
「理屈っぽいこと苦手ですから」
「しゃべるの得意じゃないんです」
そういう発言やポーズをする若い人がいる。
だからものづくりの仕事に就いたんだ、という。
最も危険なパターン。
我々はそういう人間をほうっておけないし、
我々自身もしゃべって伝達する力を磨かねばならない。

ヴォイスファミリーの落とし穴。

ヴォイスのような小さなユニットは
ある意味、ファミリー。
ほんとうの家族のような絆が
いちばんの武器になる。
とは思うのだけど、
かたや家族にある馴れ合いが
ひとりひとりの成長を止めることもある。
たとえば、コミュニケーション能力。
ファミリーには暗黙知がある。
言葉で説明しなくても
彼・彼女の想いや
言わんとしていることは理解できる。
言葉がいらないぶん、
コミュニケーションのスピードが速くなる。
それはいいこと。
でも、家族内に馴れると、
家族外の人とのコミュニケーションがとりづらくなる。
正確で明瞭な言葉がないと伝わらなくなる。
家族同士の暗黙知に頼って
ふだんから想いや考えを言語化していない
ツケがまわってくる。
大きな組織では
個人の想いや主張を他者に伝える訓練が
日常的になされている。
十数名のヴォイスファミリーは、
他社が日常的にやれていることも、
意識づけしてやらないと
それこそいろんなツケがまわってくる。
umibe.jpg
場面は変わって日本海岸。
きょうは天気がよかったので、
スケジュールの合間を縫って
ハセケンたちとダッシュで撮影に。
海は冷えてます。

AIDMA →AISAS。

AIDMA(アイドマ)ではなく。
いまはAISAS(アイサス)ですね。
ですね、
って物知り顔で話してますけど、
ヴォイスがAISASを
広告づくりに反映させているかは
疑わしい。
AISASのAIは、
AIDMAのAIと同じですね。
A(Attention:注目する)
I(Interest:興味を持つ)
その後がちがう。
AIDMAは
D(Desire:欲求をもつ)
M(Memory:記憶する)
A(Action:行動する、購買する)
の流れだったのに対して、
AISASは
S(Search:調べる)
A(Action:行動、購買する)
S(Share:情報を共有する)
インターネットのサーチエンジンの利用が
「調べてから購買する」
という消費者行動を主流にした。
結果、
テレビCMや新聞広告は
AとIの達成のみに集中できる。
注目させて興味をもたせるところまででいい。
あるいはいかにSearchさせるかのみを考えればいい。
という解釈は
まちがっているでしょうか。
考え中。

浅学非才ゆえに。

ブランドというコトバが軽々しく使われて、
ブランド化のかけ声のもとに
軽薄なサービスがそこかしこで浮上したり、
あるいは薄く語られたりしながら、
金沢のマーケットは今日もよからぬ方角へ邁進している。
ヴォイスもその邁進の一端を担っていないか?
という自問自答。
広告屋である以上、
望もうと望むまいと
すべてのお客さんのブランドを
あずかることになる。
コレ自明の理。
ならば自問している暇はなく。
みずからの浅学非才を嘆いている時もなく。
来年3月にスペシャルなゲストを招いての
ブランドを考えるセミナーの開催が決定。
詳細告知は来月あたりにできそう。
ブランドを口走るヴォイスと
このまちのその他大勢が
もう恥ずかしくて「ブランドづくり」などとは
謳えなくなるようなセミナーにするのが理想。

キャンペーンの仕事はスタイリングだ。

以前紹介した風船あそびの
仕上がりがこちら。
husen1117.jpg
AD 武田裕司 D 山崎哲平
これはポスター。
テレビとラジオも風船仕様。
(ヴォイスサイトにもアップしています)
キャンペーンオリジナルの風船ガムもつくりました。
husen11173.jpg
キャンペーンの仕事は、
その企業やお店の
スタイリングの仕事という感じ。
「今回はこの衣装を着ましょう」
わたしたちは映画やドラマのスタイリストのように、
役者さんに衣装を着せていく。
今回の演じる役柄にあわせてスタイリングしていく。
そんな感覚があります。
企業やショップのスタイリングのご用命は、
スタイリスト集団ヴォイスまで。

仕事でカッコつけずして一体どこで?

人生と仕事は
切っても切り離せないものだと思うんです。
人間は仕事でもって
人生を生きぬいていくわけだし、
仕事のなかで
人間形成がなされてゆくものでもある。
人格だって仕事でつくられていく。
「オイオイ宮川なんかが人生や仕事を語るな!」
とお叱りを受けそうですが、
だいじょうぶ。
たいそうなことを言うつもりはなくて、
要は仕事でかっこつけないで
オトナはどこでカッコつけるんだ、っていいたいんです。
どんな人生をおくるにせよ、
仕事の時間は
人生の大半を占めます。
だからそこでカッコつかなかったら、
オトナとしてカッコつかないんじゃないか。
「べつにカッコつけなくてもいいじゃない」
そういうことではなくて。
カッコイイワルイというより、
オトナとしての格好が、
人間としての格好が
つかないんじゃないかと。
そんなことを、
ふと思ってしまった本日。

うまいはマズイ。

うまいコピーはいらない。
うまいデザインもいらない。
コピーにはコピーライターのにおいがあってはいけない。
デザインにはデザイナーのにおいがあってはいけない。
そこにプロの足跡をのこしてはいけない。
広告を見る人に、
プロのしわざであると思われてはいけない。
では素人くさく広告をつくればよいのか。
そういう問題ではない。
素人っぽさは広告を見る人に不快感をあたえかねない。
エチケットの問題だ。
などということを、
考えながら仕事をしているのだけど、
なかなか。
考えどおりにいかないのはなぜか。
手クセがついているのか。
いや、やはり、技量が足りないことに尽きるか。
技量のなさを補おうとする。
その補いかたがプロっぽいんだ。
だから“うまい系”に走ろうとする。
うまくないくせに走ろうとするから始末に終えない。
マズイ。
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