VLOG|石川県金沢市のデザインチーム「ヴォイス」 ホームページ作成やCMの企画制作をはじめNPOタテマチ大学を運営

VLOG

PROFILE

宮川真也
株式会社ヴォイス 代表取締役

クリエイティブディレクター

タテマチ大学/NPO金沢マチ
ナカ大学 代表理事

MESSAGE200

CALENDAR

2017年5月
« 5月    
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

やり直すたびによくなってる?

いいクリエイターにはビジョンがある。

明確なゴールがあるから

判断に迷いがない。

「とりあえずやってみて」みたいなことはいわない。

クリエイターだけにかぎらない。

いいビジネスパーソンは

ゴールに対して妥協しない。

パートナーが

よくない仕事をすると
何度でもやり直しを求める。

パートナーは苦労するが

やり直すたびに必ずよくなっていく。

苦労したぶん、ちゃんと、報われる。

よくない仕事かどうかの物差しは感覚ではない。

到達点にたどり着けるかどうかが基準。

だから、ちゃんと、よくなる。

その問題は、本当に問題なのか。

「デザインの仕事は問題解決業」

などと言っておけば

なんとなくそれっぽい。

それっぽくやってるけど

「お客さん、御社の問題はなんですか?」
などと口走っている。

けっきょく御用聞き営業と変わらない。

「困りごとを教えてもらったら私が解決しますよ」

というのはあまりレベルが高いとは言えない。

目の前の「困っている現象」が本当の問題とはかぎらない。

むしろ、そうじゃない場合のほうが多い。

問題は顕在していない。

潜在している。

だからわたしたちが最初に思わなくちゃいけないのは

「その問題って、本当に問題なのか?」
ということになる。

多くの人が指差す「問題」や「困りごと」というのは

「状況」であって「原因」ではない。

「腰が痛いです」と患者はいう。

腰を治してくださいと問題提起する。

それは状況である。

医者は「足の張りが問題だ」という。

足が張っているから腰に負担がかかっている。

インテリジェンスの欠如。

好調なときは悪い面を見る。

劣勢のときは良い面が見える。

逆を見る。

それが

成功している人や組織の
共通したものの見方。

逆に張る。

投資家ならばそれは常識であろう。

大勢が流れていくところに、流れない。

大勢と足並みをそろえることは愚かな行為。

「水に浮く油になりなさい」

ウォーレン・バフェットは

成功の秘訣を問われてこう答えた。

ビジネスをやる人は

多かれ少なかれ投資感覚が要る。

でも、あまり備えていない。

逆に張るために必要なのは勇気か。

ちがう。

インテリジェンスである。

逆の方角に商機や勝機がある

という真実を
理解できる知性がほしい。

知性がなければ

みんなと同じになってしまう。

知性がないから

大勢に流されるしか
術がないのだ。

異質者になるにはインテリジェンスがいる。

他と同じことをやっているのは

知性のなさをひけらかしていることになる。

LEADER

リーダーというのは

任命されてやるものではない。

その地位を周りに認めてもらうように

自分で努力すること。

それが

リーダーといわれる人の
まずやるべきことになる。

「はたしてみんな自分についてきてくれるかな」

リーダーになる人はそんな不安を抱える。

それでいい。

不安にならない人は

そもそもリーダーには向いていない。

不安が努力の源泉になる。

チームというのは

リーダーの器以上にはならない。

だからリーダーが

自分自身を磨きつづけないと
チームは止まる。

VOICEでリーダーになる人に

いつもお願いしていることがある。

リーダーになったら

自分のために仕事をするのではなく
部下のために仕事をしてほしい。

いつも先頭に立って先回りして

後続の部下がうまく走れるように準備してあげなさい。

だから部下よりも朝早く起床しなさい、と。

それができるようになったら

ようやく次のステップへ。

今度は、

自分が仕事をするのではなく
部下に仕事をさせてほしい。

評価を下すのは誰か。お客様か。ちがう。

仕事を評価するのは誰か。

上司か。

お客様か。

ちがう。

自分だ。

自分の仕事は、自分自身が評価しなければならない。

自分の仕事を良しとするのか。

ダメだしするか。

自分は有能か。

満足か。

それとも不充分と考えるか。

自分自身の自己評価が結果を大きく分ける。

仕事の質も変えていく。

仕事のクオリティというのは

当人の評価基準がつくる。

当人が良しとするライン設定が

そのままクオリティの高低になる。

だから自分の仕事の評価は

いつも「厳しい自分」が担当しなければならない。

かんたんな話、

いい仕事をする人は
評価基準が高い。

いい仕事ができない人は

基準が低い。

できないのではない。

それでいい、と思っている。

それが仕事だと思っている。

それ以上やる必要性を感じていない。

ビジネスは競争ではない。

なぜ、誰かと競うのか。

ライバルから顧客を奪え?

他社より優れた商品を開発せよ?

VOICEのような仕事でいえば

他よりいい作品をつくれ?

広告の業界でいえば

他社から取り扱いを奪いとれ?

いったいどこを向いて仕事をしているのか。

ライバルばかりを注視して

肝心のクライアントを見つめようとしない。

クライアントのことよりも

ライバルに勝つことを目標にする。

広告やデザインの人たちは

とくにその傾向が強くないか。

ビジネスの本質とは

かけ離れたところで競い合っている。

その仕組みやシステムが

業界内に出来上がっている。

クライアントは、

競い合いなどどうでもいい。

どこがどこに勝ったとか負けたとか。

賞をとったとかとらないとか。

クライアントはそこに関心があるのか。

いい商品やいいサービスがほしい。

ただそれだけではないか。

わたしたちは改めるべきだ。

もっとシンプルに

クライアントのことだけを
考えるべきだ。

他社を出し抜いたり、

いわゆる作品づくりに精を出すのではなく、
いい商品やサービスづくりに
もっと集中すべきだ。

見方を変える。

どこを見るかではない。

どこから見るかである。

自分の立ち位置を変えて、見る。

みんなが正面から見ているのなら

左右に一歩だけ動いてみる。

それだけでいい。

ただそれだけで

人とはちがう見方ができる。

むずかしく考えてはいけない。

俯瞰して見なさい、という。

鳥の目で空から眺めるように全体を見よ、と。

なかなかできることではない。

後ろに一歩下がって遠くから見ればいい。

近すぎて見えなかったものが見えてくる。

万人には見えない何かが見えてくる。

あるいは近寄ればいいのだ。

近寄るだけでなく

手にとって分解すればいい。

「分かる」は「分ける」である。

物事を分解すると

事の本質が見えてくる。

やりがいは探してはいけない。

「やりがいのある仕事がしたいです」

というセリフに違和感をおぼえる。

やりがいを求めて就活する?転職する?

やりがいは「どこかにあるもの」ではない。

自分の内側にしか存在しない。

やりがいは探してはいけない。

自分でつくりだす以外に入手方法はない。

やりがいを探している人は

「やりがいは会社や上司があたえてくれるもの」
と考えている。

だからいつまでもやりがいを見いだせない。

おおむね仕事もうまくいかない。

成長もしない。

成長できない人に共通しているのは、

すべてを「他責」にするスタンスである。

何かが起これば、すべて他の責任にする。

自分以外の「他」に原因を求める。

「他責」の人は、あたえられる人生を歩んでいる。

仕事も、成長も、時間も、お金も、ポストも、やりがいも、

あたえられるものではないと気づかなくちゃ伸びない。

ふだん得ているものの質を疑うこと。

インプットがなければ

アウトプットはないわけで。

なにを知り得ているか。

なにを入力しているかが

出力するアイデアの良し悪しを分ける。

なにも獲得していなければ

アイデアは出力できないし、
悪質なものしか得ていなければ
良質なものを生みだせるはずがない。

カワイイものを生み出したければ

カワイイものを知り得ていなければいけないし、
カッコよく表現したければ
カッコイイものを理解していなくちゃいけない。

じぶんの知っているカワイイよりも

もっとカワイイものを知り得ている人のほうが
カワイイものを表現できる。

かんたんな話、情報が重要になる。

仕事の質は

なにをインプットしているかで
おおむね決まる。

情報に飢えていなさい、

といった話とはちょっとちがう。

どんなにどん欲にインターネットを眺めても

そこに良質なものはほとんどない。

日常的に得ているものの質を疑うことが大事。

事実は見える。真実は見えない。

たとえば業績が落ち込んでいるとする。

原因を調べてみる。

ある商品が売れていない。

それは事実である。

「ならばその商品の価格を下げてみよう」

「その商品を補完する新商品を投入しよう」

事実だけをなぞると

そういう解決策になる。

たとえば売上が昨年実績に届かない。

問題を探ってみる。

何人かの営業担当者の成績がよくない。

それは事実である。

「ならば彼と彼と彼にハッパをかけよう」

「あるいは彼を人事異動しようか」

事実だけをなぞると

そういう発想になる。

特定商品の見直しも

営業担当者の動機づけも
安直かもしれない。

見えている事実だけにスポットをあてても

真の問題解決にはならない。

事実は見えている。

真実は見えない。

見えないものを見つめなくちゃいけない。

問題の核心に迫らなくちゃいけない。

解決策を練るはそのあとだ。

事実を知っただけで

答えを出すのは早い。

事実から真実を探るという

大事なプロセスを端折ってはいけない。
ページトップへ戻る