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宮川真也
MIYAKAWA SHINYA
株式会社ヴォイス 代表取締役社長
クリエイティブディレクター
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仕事を難しくしてしまっている。 |
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2007-07-30 14:01:56 |
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パスワークはアジアのなかでも秀逸だった。
でも、急所を突いてこない日本のパスには怖さがない。
なんの話か。
サッカー日本代表のアジアカップ。
ゴールを目的としたパス交換というより、
パス交換をすることが目的になっている。
パスのためのパス。
ゴールのためのパスになっていない。
「ボールも人も動くサッカー」というけれど、
どこかサッカーがややこしくなっている。
サッカーゲームを難しくしてしまっている。
ときどき、わたしたちは、
わたしたちの仕事も難しくしてしまう。
答えを出すことが仕事なのに、
考えこむことが仕事になっているようなときがある。
とくに、じぶんに、そういう傾向がある。
やってる最中はそれなりに懸命なので気づかない。
週末なんかに1週間をふりかえったとき、
はたと気づく。
いけないなぁと思う。
サッカーも仕事もシンプルなものなのに。 |
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業界バカ。 |
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2007-07-29 14:25:53 |
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専門バカという。
業界バカというのもあるらしい。
たとえば、
「うちの業界は特殊なのでそれはムリだ」
という人のことを指す。
「日本には『業界バカ』が多い」
そう話す人がいた。
ドキッとした。
業界の特殊性を持ち出しては
本質から目を背けたり、
変化を受けつけないのは、
うちの業界の得意技である。
なんというか、スタンダードを追求しようとしない。
スタンダードを追求するのはシンドイ。
ゆえに特殊性を理由に追求しようとしない。
世の中に特殊な業界などひとつもない。
ドキッとしたということは、
自分にも思いあたるフシがある
ということだ。 |
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ロマンティスト集団でいこうぜ。 |
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2007-07-27 16:32:27 |
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会社に属しているということは、
じぶんたちの未来を
じぶんたちの手でつくっている
ということだ。
じぶんたちで未来を計画して、
じぶんたちで現在を実行する。
「会社の歯車」とか。「会社の駒」とか。
そういう言い方は後ろ向きだ。
だけど、同じ駒でも、
じぶんが「未来戦略のひとつの駒」ならば、
それはとても前向きな駒ではないか。
未来を戦略するという言い方は
ロマンティックすぎるのだろうか。
いいじゃないか。
会社というものに
ロマンを感じられない人は、
なぜ会社に所属しているんだろう
とすら思う。
会社は、ロマンティストの集団であるべきだ。 |
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期待するから裏切られ、そして、 |
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2007-07-26 22:11:17 |
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ある方々から
石川県の若いビジネスマンの傾向とは?
というような質問を受けた。
「周囲に期待しすぎる傾向があるのでは」
とお答えした。
自分でやろうとしない。
まわりがやることだ、と考えている。
周囲に期待する。
そして愚痴をいう。
愚痴が多いのは、
まわりに期待するからだ。
自分でやっている人は
愚痴などいわない。
(これは若い人にかぎらない話か。)
「周りに期待しても仕方がないから自分でやろう」
そういう気概をもつ人が
たくさん登場したら
この街はもっとおもしろくなる。 |
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教えないことも教育だと思っている。 |
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2007-07-25 13:00:21 |
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ヴォイスやジオラマの若い人たちに
教えたいことは山ほどある。
でも、大部分は教えない。
あれもこれも教えたいのだけど、
グッとこらえて教えない。
小学校の低学年生に分数を教えてはいけない。
かけ算の九九もままならない子に
分数計算を教えても理解できない。
あたりまえの話なんだけど、
ここにクリエーター育成の鍵がある
と思っている。
その人の身の丈にあわせて教えていく。
身の丈とは、咀嚼する力だ。
いま何を伝えたら
彼(彼女)は確実に咀嚼できるか。
いまの彼(彼女)なら
これは確実に咀嚼できるだろう。
確実に、というところがポイントだと思う。
タイミング、ほど重要なものはない。
ウチの若いメンバーの中には、
たくさんのことを教えられる人と、
ちょっとしか教えられない人がいる。
咀嚼力の差である。
幸いウチは学校でも大企業でもないから
全員に一律同じのことを教えなくてもいいのだ。
その人の容量にあわせて
教える量と質を定めていく。
確実に咀嚼できる
適切な量と質を配分していく。
これができる。
しかしながら、教える側の責任は重たい。 |
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プロダクトアウトは悪か。 |
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2007-07-23 15:54:10 |
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「自分たちがやりたいことをやる人たち」がいる。「顧客がよろこぶことをやる人たち」もいる。2通りの人たちがいる。マーケティング用語でいうと、「プロダクトアウトな人たち」と「マーケットインな人たち」である。
プロダクトアウトは悪。マーケットインが善。これが一般的な考え方かもしれない。でも、「自分たちが~」と「顧客が~」は、どっちが魅力的か?そう問われたら、答えは人それぞれだろう。ヴォイスの場合は「自分たちが~」のほうに魅力を感じる。そのスタンスのほうが我々らしい。顧客にあわせてどうこうするような器用さは、わたしたちにはない。それを追求するモチベーションにも欠ける。中途ハンパは目に見えている。すなわち顧客満足も中途ハンパになる。
“顧客がよろこぶこと”を軽視しているわけじゃない。結果的には“顧客がよろこぶこと”をしたい。そのために“自社がやりたいこと”に磨きをかけるべきではないか、と。プロダクトアウトもできないでマーケットインという手法が効力を発揮するわけがない、というのがヴォイスの考え方。自分たちがやりたいことを真摯に、真剣に、懸命にやることが、ひいては顧客のためになる、という姿勢。 |
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またしても社員旅行でスミマセン。 |
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2007-07-19 16:57:33 |
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失礼します。
ヴォイスとジオラマのメンバー全員で、
明日から社員旅行へ。
前回の旅行から3ヶ月とちょっと。
またか、
との周囲の声を無理やり遮断して、
一同リフレッシュしてまいります。
週明けの月曜日からは
通常どおりやりますので
どうぞご容赦ください。 |
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真剣な人のなんと美しいことか。 |
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2007-07-18 22:25:20 |
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どんな業種でも職種でも対象でも。
仕事にひとむきに打ち込んでいる人を美しいと思う。
“仕事”に対して真剣な人を美しいと思う。
遊びや趣味に対して真剣な人は、
美しいとは感じない。
否定はしていない。
それどころか、それはそれで素晴らしいことだと思う。
けれど、
美しいという形容詞が
脳裏をよぎることはないのだ。
なぜだろう。
…………………………。
仕事について真剣に議論しあっている人の姿は美しい。
そこにただよっている時間も美しい。
仕事に対して適当に取り組んでいる人の姿は醜い。
そこにただよっている時間も醜い。
こんなことをいうと、
また宮川は偏屈でカタ苦しくて厳しいことを話している、
と笑われそうだけど。
ってか、宮川自身は美しいのか、ってことですよね。 |
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考えることが美徳、とでも? |
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2007-07-15 14:13:29 |
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人間は、
考える前に
感じるんです。
何かを感じて、
その感じたことについて、
考えるんです。
考えることは大事です。
でも「考えたこと」より、
最初に「感じたこと」のほうが
正解であることが多い。
考えた末の結論より
感じたままの案のほうが
たいてい良い。
感じたままに行動してみて、
そのあと検証する。
とことん考えるのは、あと。
感じる前にとことん考えこんでも、まぁ、答えは出ないです。
日ごろから
「考えることは大事だよ」
と口にしているからでしょうか。
社内を見渡すと、
感じる前に考えている光景が
先週かなり目についた。
それでは前へ進めない。
ちょっと姿勢を変えなければ。
考え悩むことが美徳、
みたいになるのはよくないです。 |
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ヴォイスを取り締まる役。 |
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2007-07-13 18:58:23 |
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どんな企業にも生命線というものがある。
ヴォイスにもある。
これがヴォイスの生命線で、
これを失うとヴォイスじゃなくなる、
という、何か。
ゆずれない、何かがある。
生命線は、文字どおりラインで考えるといい。
ゆずれないライン。
その一線を超えてはいけない。
たとえば、
うちの取締役の武田裕司は、
その一線をぜったいに超えようとしない。
ヴォイスのゆずれないものを本気で死守する。
いい加減なワタクシ宮川が
その一線を超えようとしたときも、
制して守りとおす。
取り締まる。
だから彼は取締役なのだ。
ヴォイスとは何か、を語らせたら
自分とタメをはるから取締役なのだ。
ヴォイスを取り締まれる人間が
もっと登場すると、
ヴォイスは強くなれる。 |
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人間通。 |
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2007-07-12 21:41:14 |
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マネジメントの仕事をする人は
人間に精通していなければいけない。
人間に通じていなければ、
人間を動かすことはできない。
じぶんの周囲の優れた経営者を
観ていたらわかる。
人間通なのだ。
本来、広告の仕事をする人は、
人間通でなければいけない。
広告の仕事も、人間を動かす仕事だから。
(わたしたちは、素敵な職業に就いている)
では、人間通になるための大前提はなにか。
人間にはいろんな人種がいる
という事実を認めることではないか。
いろんな人がいて、
いろんな性格があって、
いろんな考えがある。
そのことを認めなくちゃいけない。
人間を、物事を、許容できないと、シンドイ。
狭量だと、むずかしい。
ついでに、意固地は、さみしい。 |
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ヴォイスへの入社を考えてくださる方。 |
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2007-07-11 13:45:59 |
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スタッフ募集のページを改編しました。
人手不足でとにかくすぐ人がほしい、
といった動機の募集ではありません。
いわゆる業務拡張につき…といった理由はありますが、
目先の拡充がいちばんの目的ではないです。
3年後…5年後…10年後を見据えて、
いま、募集活動をします。
会社の将来のため、だけではありません。
クリエーターとして生きていきたい人たちの
10年後や20年後を真剣に考えていきたいのです。
はたしてこの業界の制作会社は、
これから実力をつけていく若い人に、
成長に応じたポストや待遇を用意できるのか。
たとえば
社長になりたいという人がいて、
社長に見合う実力をつけた人がいたら、
ちゃんと社長のポストを用意できるのか。
社長じゃなくてもいいです。
個人の成長に対して、
きちんと評価できる土壌があるかどうか。
そう言い切れるだけの会社は
従来の業界には少なかったのでは
ないでしょうか。
ヴォイスグループは、
あなたの成長に見合ったものを
いつでも用意できるグループでありたいのです。
いや、ヴォイスグループが…ではなく、
この業界全体がそうなるべきだと願っています。
そのためにヴォイスにできることがあれば
惜しまず努めたいと思っています。
クリエーターとして生きていきたい人と、
本人の将来をいっしょにつくっていきたいのです。
そんな決意表明をきちんとしたくて
スタッフ募集ページをリニューアルしました。
ご覧いただけたらうれしいです。 |
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強い言葉の母は、強い想いです。 |
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2007-07-10 18:32:19 |
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経営者の想いを言葉にする。
自分はそういう仕事をやっています。
でも、誤解されたら困ります。
自分は魔法使いじゃない。
言葉を巧みにあやつる魔術師とかでもない。
自分はその経営者以上の言葉を
紡ぎだせるわけじゃない。
自分がお手伝いしているのは、
想いを言葉化することなので、
想いに対するそれ相応の言葉しか
つくれないということです。
企業のブランドフレーズを開発するとき、
テクニカルな要素は1割程度しかない。
9割は、経営者自身が発しているものでつくられる。
けっきょくは、
経営者のヴィジョンの大きさや、
事業に対する情熱の度合いや、
お客様への愛情の深さや、
そういうものがブランドフレーズや
経営理念をつくりだすんです。
強い言葉づくりには、
テクニックもマジックも不要です。
強い想いがあれば
自然と強い言葉は生まれるはずです。
自分がお手伝いしているのは、
強い言葉をつくることではなく、
強い想いを引き出すことです。
潜在的に秘めている想いを、です。
潜在していない想いまでは
引き出せませんのでご容赦ください。 |
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商品力の差か。情報力の差か。 |
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2007-07-09 12:53:01 |
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お客さんは商品を買っていない。
情報を買っている。
情報がなければ
商品は購入されない。
いい情報がなければ
いい商品とは見なされない。
どんな情報を提供するか、
がポイントになる。
「商品力に差がある」
という言い方をするけれど、
じっさいは、
売り手が発している情報に差があるのだ。
わたしたちは情報伝達のお手伝いをしている。
この商品はどんな情報を発するべきか。
たくさんある伝えたい情報のなかで
なにを選び、しぼりこみ、
どのように発信すべきか。
そこを考える。
とともに、
情報そのものをつくるのも
わたしたちの仕事。
「この商品にどんな情報をもたせようか」
つまり、どんな情報を開発しようか、と。
たとえばテレビコマーシャルとかも
情報をつくる
という切り口があるといい。
わたしたちがつくっているものは情報である、
という考え方が
わたしたちの仕事の質を上げてくれる気がする。 |
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仕事は、自分を計り知るための。 |
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2007-07-08 11:42:54 |
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仕事というのは、
自分を知るための手段だから。
言いかえると、
人は、自分を知るために仕事をする。
仕事は、自分の価値を教えてくれる。
自分はどんな人間か。
自分はどれだけの人間か。
自分の人生観は正しいか。
そういうことを知ることができる。
「ワタシってまだまだだなぁ」とか。
「オレにはこれが足りない」とも。
仕事は反省させてくれる。
自覚させてくれる。
そして仕事は気づかせてくれる。
仕事をする意味はここにあると思う。
「生活のために、お金のために、仕事をする」という。
そりゃそうだ。
でも、仕事をする意味がそれだけだと、
せっかくの時間がモッタイナイ。 |
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1日のペース配分ができなかった。 |
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2007-07-07 23:29:38 |
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きょうはバテた。
1日をふりかえれば、
午前中から午後にかけてが
いけなかった。
某社の社長と常務と
ミーティング。
というかディスカッション。
今後のブランド展開を
こうするああするどうすると
延々4時間近くぶっつづけで。
途中白熱したり。
昼食をとるのも忘れて。
こういうのは疲れが後からどっと来る。
よって、
きょうは1日ずっと
疲れをひきずっていた。
本日はこれで終了。
どこか行こう。 |
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WEBをカタカナで語るべからず。 |
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2007-07-06 18:33:36 |
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「WEBってこうだ。いや、こうあるべきだ」
そういう議論に
まきこまれることが
めっきり減った。
7~8年前は
みんなが自前のWEB論を披露していた。
いまもその手の議論が
ゼロになったわけじゃないけど、
なんというか、
ムダな議論はなくなった。
なぜか。
みんながWEBを使うようになって、
みんなのあいだでコンセンサスがとれてきた。
「WEBってこういうものだよね」
などと、もう口にするまでもなくなった。
議論が減った理由はもうひとつある。
誰もがWEBを見るようになって
“みんなが知らないものを知っている”
というアドバンテージがなくなった。
議論は闘いのイメージがある。
だから闘いを有利に進められないとわかれば
参加者は減る。
そう。
多くの人は
じぶんにアドバンテージのあることしか
議論しようとしない。
つまり、真の議論をしようとしない。
ようするに、
かつて活発におこなわれていたWEBをめぐる議論は、
真の議論ではなかったということ。
単なる知識のひけらかし。
WEBを語るとき、
みょうにカタカナを多く用いるのも、
アドバンテージ(有利な立場)の獲得と
知識をひけらかしたいことに起因する。 |
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業界の常識は世間の非常識ゆえに。 |
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2007-07-05 22:45:46 |
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“ウチの業界の常識”は、
だいたい世間一般では通用しない。
いろんな業界業種を相手に
営業している人ならわかると思う。
“ウチの業界の常識”は
世間じゃ通用しないと知っているから
お客さんに押しつけたりはしないはず。
なのに、
“ウチの業界内”の相手には、
“ウチの業界の常識”を押しつけたりする。
「これが業界のやりかたじゃないか」
そういうお客さんとは
お付き合いしないのが賢明。
お付き合いした結末は見えている。
“ウチの業界の常識”は、なにせ都合よく使われるのだから。
もっともタチの悪いのは、
“ウチの業界の常識”が
“ウチの業界だけの常識”であることに
気づかずに立ちふるまう人である。
“ウチの業界の常識”は“世間の非常識”。
ビジネススタンダードではない。
ビジネスのスタンダードではないものに巻き込まれて
取引関係にある両者がWin&Winになれるとは思えない。 |
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代替性、という。 |
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2007-07-03 13:13:41 |
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だいたいせい、と読む。
いつでも替えがきくことをいう。
いつでも他社に替えのきく企業か、否か。
いつでも何かと替えてもいいサービスか、否か。
いつでも誰かと交替させてもかまわない人間か、否か。
他の誰とも代替のきかない存在になれるといい。
「仕事のやりがいはなんですか?」
やりがいというものは、
誰彼もが感じることはできない。
仕事のやりがいは、
代替のできない存在になった人しか
実感できない。
代替のきく人間に対して
やりがいは?と質問するのは
野暮というものかもしれない。 |
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せめぎあってる? |
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2007-07-02 15:58:16 |
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野球も剣道も将棋も水泳競技も、
それらをおもしろくしているのは
せめぎあいだ。
相対する両者両軍がせめぎあう。
せめぎあいは、ルールがあるから生まれる。
ルールのないところで
せめぎあうことはできない。
広告にもルールがある。
ゆえにせめぎあいがある。
媒体ルールのなかで
いかに際立つ広告表現を見いだせるか。
そこにわたしたちのせめぎあいがある。
誰かと相対しているわけではないけれど、
せめぎあっているという感覚はたしかにある。
かんたんな話、
広告として目立ちたいから、
際どいところをねらって企画を考える。
ルールの範囲内で
ギリギリ際どいところをつけば、
自然と注目される広告になる。
キワキワをねらう、とよく社内で話している。
キワキワねらいは広告屋の本能だ。
だからこそ、
わたしたちはルールを明確にしてほしい
と思う。
キワキワをねらった広告が
媒体担当者の主観や気分ではねられる。
ルールでもなんでもないところで
ジャッジされる。
アンフェアだ。
是非のボーダーラインを明確にしてほしい。
でなければ、どこが“キワ”かわからない。
せめぎあいができない。
チャレンジできないんだ。 |
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TAKURAMU DIORAMA。 |
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2007-07-01 00:45:30 |
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この7月から
株式会社ジオラマは第2期へ。
設立から1年がすぎて、
「設立してよかった」がいまの正直な感想です。
言い換えると「設立しなかったらシンドかった」。
「なぜジオラマが必要なの?」
「なぜヴォイスだけじゃダメなの?」
「なぜ社名をヴォイス○○○とかにしないの?」
そんな声をたくさん頂戴した1年でした。
ヴォイスにジオラマが必要だった理由は、
話せば長くなるし、
話の内容もこの場にふさわしくない。
だから控えますけど、
よろしければ見ていてください。
数年後、
「こういうことだったのか」
と感じていただけるような展開をイメージ゙してます。
ジオラマは、
TAKURAMU CREATIVE BASEMENTです。
(企むクリエイティブベースメント)
今期も、いろいろ企みます。 |
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