 |
 |
|
宮川真也
MIYAKAWA SHINYA
株式会社ヴォイス 代表取締役社長
クリエイティブディレクター
タテマチ大学/NPO金沢マチナカ大学 代表理事
|
|
 |
| |
 |
テレビCMや新聞広告の効果測定。 |
|
 |
 |
2007-06-29 11:57:05 |
|
 |
先日紹介したアライブキャリアという会社の
テレビCMや新聞広告を見た人が
WEBで検索して
当ブログに訪れてくださっています。
結果、このブログのアクセスが
今週に入って急激に伸びています。
異常なくらい増えています。
マスメディアの威力を
あらためて感じているところです。
アライブキャリアのサイトはこちらですので、
当ブログに寄り道したみなさま、どうぞ。

AD 武田裕司 D 田中亜紀 土橋奈穂子
上記は昨日掲載した新聞広告。
テレビCMや新聞広告は
これまで効果測定がむずかしかった。
でも、WEBへの誘導をねらった広告にすると、
アクセス数が効果のひとつの目安になる。
わかりやすくていい。
広告屋としては
そりゃ結果がはっきりするとうれしい。
仕かけ甲斐があるというか。
ワクワクします。 |
 |
 |
姿勢正しく広告をつくる。 |
|
 |
 |
2007-06-27 23:08:49 |
|
 |
WEBはその企業の性格をつくる。
TVCMもその企業や商品の性格をつくる。
人はWEBやCMを観て
その会社の人格を判断する。
広告づくりをまかされた人間は、
じつはその企業の性格づくりをまかされている。
たいした仕事をまかされている。
「我が社の性格をつくってくれ」
とオーダーするお客さんは少ない。
でも、わたしたちは、
「性格づくりをまかされた」
と認識しなくちゃいけない。
「まかされた」と勝手に思いこんでやればいい。
その思いこみが
仕事に対する正しい姿勢をつくる。
きょう、
そんな思いこみをかかえて
お客さんと相対したら、
いい感じだった。 |
 |
 |
狭い考えを捨てねばなるまい。 |
|
 |
 |
2007-06-26 22:36:40 |
|
 |
ヴォイスやジオラマは
マーケティングの世界に生きている。
TVCMや新聞広告やWEBやポスターやフライヤーは
マーケティングの手段のひとつだ。
だからわたしたちは
マーケティングのことを知らねばならない。
TVCMをつくっている、
という狭い考え方では立ちゆけない。
WEBをデザインしている、
という考え方もしかり。
そのTVCMやWEBは
マーケティング活動のなかで
どんな役割を担うのか。
それを知らずして企画立案などできるはずがない。
知らねば井の中の蛙のようだ。
マーケティングとは何か。
本を読めば書いてある。
でも、難解である。
とっかかりとして
こういう認識のしかたはどうだろう。
マーケティングは「MARKET」と「ING」。
マーケットでINGする。
市場で進行する。
企業が活動していくうえで、
市場でどのように進行するか。
商品やサービスを提供していくうえで、
市場でどのようにふるまうか。 |
 |
 |
20代。 |
|
 |
 |
2007-06-24 08:05:10 |
|
 |
年齢をかさねることは、
シンプルになっていくことだと思う。
いらないものを
捨てられるようになる。
これは、じぶんに合うか合わないか。
それは、じぶんにできるかできないか。
判別できるようになる。
合わないものやできないものは
いさぎよく捨てられるようになる。
若いうちは捨てられない。
判断に苦しむ。
あれもこれもやりたい。
じぶんにはあれもこれも必要だ。
いろいろ経験したい?
ちがう。
あれもこれも捨てられない、というのが正しい。
悩むことは若さの特権だ。
若いうちは悩め、ともいう。
それは一般論だ。
プロの道を極めようとしている人に、
20代は悩めという助言はふさわしくない。
一流になりたいと願うならば、
10代ならまだしも、
20代で迷っている時間はない。
学生にも、
すでに迷うことなく脇目もふらずに
その道を学び極めようとしている人は多い。
学生のうちから頭角を現す人もする。
迷い悩みつづける人と、
決めた人の差は広がるばかりだ。
20代はもう10代ではない。
もう決めたほうがいい。
20代は一心不乱に“軸”をつくるべきだ。
飛び込んだその道でとことんやるべきだ。
軸をつくれば応用がきく。
軸とは、どんな分野にも通用する礎だ。
礎があって、
応用がきけば、
あとで何者にでもなれる。
若いうちはそのことに気づけない。
じぶんに合っているかどうかなんて、
じつはそこは悩むところではない。
乱暴だけど、そう思う。 |
 |
 |
男女差別から男女区別へ。 |
|
 |
 |
2007-06-22 22:13:59 |
|
 |
この2ヶ月ほど
アライブキャリアという産まれたての会社の
ブランド構築をお手伝いしていました。
設立準備からサポートさせてもらったのは
仕事としてはひさしぶり。
きょうヴォイスサイトでもお披露目させてもらいました。
こちらからのぞけます。

AD 武田裕司 D 田中亜紀 土橋奈穂子
ブランドシンボルは
真っ赤なリンゴと、
愛らしいおんなのこ。
アライブキャリアは
いろんな事業をつうじて
女性をサポートしていく会社です。
ブランドづくりに加速がついたのは、
「男女差別ではなく男女区別をしていこう」
という考え方を消化できてからです。
男と女はちがう生き物なのだから、
きちんと区別する世の中がいいですね、と。
明快なミッションのある会社は、
ブランディングも明快。
その好例です。 |
 |
 |
人間学である。 |
|
 |
 |
2007-06-21 15:27:58 |
|
 |
「どうすれば売れるか」を
必死で考えるよりも
「どうすればよろこばれるか」を
真剣に考えるほうが結果はついてくる。
これはマーケティングの基本だと思います。
よろこばれる方法を考えることは、
人間を考えることと等しいはずです。
ということは、
マーケティングは人間学である、
といえるかもしれません。
人間を観察する。
人間を理解する。
結果、どうやったらよろこばれるかを知る。
人間観察力や人間理解力に優れた人は、
マーケティング能力の高い人といえるのではないか。
もとより広告はマーケティングの大いなる手段。
ならば、
わたしたちのやっている広告づくりも、
人間を観察する力や
人間を理解する力が欠かせない。
人への興味や、
人への気配りや、
人との接触や、
人とのコミュニケーションや、
人との共同作業が、
広告づくりの能力を養っていく。
そのことを認めて、
もっと人との会話に努めるべきかもしれません。 |
 |
 |
巨人ではない。阪神である。 |
|
 |
 |
2007-06-20 21:22:38 |
|
 |
じつは、
ちかごろヴォイスの動き方が
変わってきた。
この2ヶ月で新メンバーが急増した。
結果、過去の方程式が通用しなくなった。
「こうすればこんな結果がこの時間で出る」
という計算が成り立たなくなってきた。
社内オペレーション。
「これまでずっとそうしてきた」
では通用しなくなっている。
あたりまえだが、
チームが変わったのである。
巨人から阪神になった。
浦和レッズからジュビロ磐田になった。
必然的にゲームの進め方も変えなければいけない。
たとえるなら、
新戦力の加入によって
かつて長打力で勝ってきたチームが、
投手力と機動力を前面に押し出すチームに変身するような。
まさに変換期。
過渡期といってもいい。
あたらしいチームとして
あたらしい戦い方をつくっている準備期間、
というのが最も適切か。
だからぎこちないところもある。
計算が成り立たないがゆえに
バタバタしているところもある。
今月いっぱいは落ち着かないかもしれない。
来月になれば状況は大きく変わるはずだ。
ヴォイスを設立して7年目。
じつは設立以来いちばん大きなスイッチ期にある、
といっても過言じゃなかったりする。 |
 |
 |
もしもヴォイスが消えてしまったら。 |
|
 |
 |
2007-06-18 10:36:40 |
|
 |
もしもAという会社が
こつぜんと消えてしまったら
どうなるのか。
その地域にどんな影響をおよぼすのか。
どれだけの顧客が困るのか。
どれだけの取引先が悲しみ、
どのくらい残念に思ってくれるのか。
企業の存在価値は
その影響度で計り知ることができる、
という思いつき。
いまわたしたちが消えたら
どのくらい周囲に影響をおよぼすのか。
企業価値を高める指針として
こういう見方をもつのもいいんじゃないか。
たとえば人が死んだとき、
どれだけの人たちが
どのくらい悲しんでくれるかで、
その人の人生がわかるような。
ヴォイスがこつぜんと消えてしまったら、
どれだけの人が悲しみ、残念がり、
周囲の人はどのくらい困ることになるのか。
よろこばれることはあるだろうけど、
悲しまれることってあるのだろうか。
かくしてヴォイスの価値はどの程度なのか。 |
 |
 |
真剣な人は、無視できない。 |
|
 |
 |
2007-06-15 19:14:56 |
|
 |
つまるところ、
あらゆることの明暗を決するのは
真剣かどうかなんだと思う。
企業の成長も、個人の成長も、
信頼も、羨望も、期待も、成功も、
その要因は何かをつきつめていったら、
真剣にやっているか否かにたどりつく。
じぶん自身に照らせば、
じぶんがいまだに成長も信頼も成功も得ていない理由は、
真剣さが足りないことに尽きる。
仕事に、勉強に、事業に、真剣に取り組んでいるか?
ハイと答えるかもしれない。
でも、あらゆることに
結果がついてきていないとすれば、
それは「まだまだ真剣さが足りない」と考えるべき、かと。
たとえば事業に真剣に取り組んでいれば、
お客さまはおのずと増えていく。
利益もついてくる。
仕事に真剣に打ち込んでいれば、
期待や支援は増していく。
待遇も収入もついてくる。
真剣な人は、無視できないのだ。
真剣な企業も、無視できない。
人も企業も
周りが注目したり話題にするのは
その人や企業が真剣だからだ。
真剣な人は、
周りが放っておけないオーラをまとう。 |
 |
 |
自己中心的な。 |
|
 |
 |
2007-06-14 20:17:49 |
|
 |
ブログには
その日じぶんが気づいたことを
中心に書いています。
自己中心的なブログです。
だから書くネタに困ることはないです。
更新しない日は、
ブログのことを忘れてたか、
その日たまたまパソコンと向き合えなかったか、
のどちらかです。
さて。
きょうはTVCMの撮影の立ち会い。
ひさしぶり。
ひんぱんに撮影をしているわりには、
最近はじぶんが現場に行くことが
ほとんどなかった。
スチールの撮影でもそうだけど、
撮影現場はドキドキする。
たくさんのプロと
たくさんの協力者と仕事をする。
こんなにたくさんの人の時間をつかってるんだから
ヘタな仕上がりにはぜったいにできない、
というプレッシャー。ドキドキ。

じぶんは他の人に何かをまかせることが
ニガテな性格。
それじゃマズイと自覚しているから
ふだんはできるだけ協力者にまかせるようにしている。
けれど、現場では、
仕切りたがり屋のクセが顔をのぞかせる。
じぶんの役目じゃないのに、
ついつい出しゃばってしまう。
結果、現場にめいわくをかけることもある。
自己中心的な性格のなせるワザか。
あらためるように努めます。 |
 |
 |
考えることが仕事です。 |
|
 |
 |
2007-06-13 17:15:00 |
|
 |
モノづくりをしている、
と深く考えずに口走ってしまうから
おかしなことになっていく。
モノをつくるのが仕事ではない。
考えるのがわたしたちの仕事。
こう定義したほうが、
わたしたちは、
わたしたちの仕事の本質に
近づけるような気がする。
単純にモノをつくるだけなら
手を動かせばいい。
でも、
手を動かすだけでは
いいモノはつくれない。
手ではなく、
頭を動かさなければ
いいモノはつくれない。
だから、いいモノは、
みんながみんなはつくれない。
手を動かすだけなら
誰でもできるし、
みんながやっていることだけど、
頭を動かすことは
誰でもできそうだけど、
みんながやっていることではない。
「モノ」と「いいモノ」。
それぞれの生まれる過程のちがいはシンプル。
能力差ではない。
頭を動かしているか。動かしていないか。
じぶんが実践できているかはベツとして、
そう思う。 |
 |
 |
社長の能力を封印せよ、と教えられ。 |
|
 |
 |
2007-06-12 11:37:20 |
|
 |
敬愛する某社社長に
すすめられた本を
日曜日の夜に読んだ。

安田隆夫(著)月泉博(編著)/徳間書店
たくさんのことを教えられた。
経営者の本はよく読むけれど、
「参考になった」
とはっきり言える本はそんなにない。
というのも、
経営者本につづられていることは、
たいていはその人だから実践できた論であって、
自分がそのまま受け入れても
実を結ばないと思っているから。
この本に書かれていたことも
「だから自分にも採り入れよう」
という手合いのものではない。
けれど、それでも、
読後に頭に残ったコトバの
なんと多かったことか。
以下は、
この本を読み返さなくても、
いまも憶えているコトバ。
「最悪なのは好きでも嫌いでもない店」
「金がほしいなら“会社で出世”が一番」
「社長の能力を封印せよ」 |
 |
 |
自分はこうだと決めつけている人へ。 |
|
 |
 |
2007-06-11 14:57:17 |
|
 |
人にとって仕事とは、
自分を知るための手段だ
と思うんです。
仕事によって
自分というものの価値を知る。
仕事をつうじて
自分の人間性を知る。
自分の秀でているところや
自分に足りないものは
仕事によって知ることができる。
だから仕事をするときは、
「自分はこうだ」
と意固地になるのはよくないです。
「自分はこういう人間なんだ」
と決めつけたようなふるまいは、
自分を知る機会の損失になる。
なぜ機会を失うことになるのか。
「自分はこうだと知っている」
というふるまいは、
「教えてもらわなくてけっこう」
というふるまいに等しいからです。
なんともエラそうなブログで
キモチわるさをおぼえたらすみません。
ちかごろこう感じることが多いもので。
つい。 |
 |
 |
トンマナという。 |
|
 |
 |
2007-06-09 12:44:41 |
|
 |
トーン&マナーは、
なにかを表現するうえでの
ひとつのルールだったりする。
そのルールにしばられすぎる傾向がある。
しばられると表現が限定される。
クリエーターは世界観をつくる。
そして、じぶんのつくった世界観に閉じ込められて、
じぶんの表現の幅を狭める。
ヴォイスやジオラマ程度の技量だったら
結果、最終着地点の表現がブナンになる。
翔べないクリエイティブはツマラナイ。
じぶんのつくったルールが
ゲームをたいくつにしてしまっている。
トーン&マナーを考えないのも
世界観を無視するのもよくないことだけど、
翔べないクリエイティブをやることは
もっとよくない。
こうは考えられないか。
トーン&マナーや世界観をつくるというのは、
やっちゃいけないことを決定すること。
それを守りながら
やっていいことを広げていくのが
クリエイティブ、というものではないか。
そう。
やっていいことを広げていく、
という仕事がわたしたちにはある。 |
 |
 |
リクツがヘリクツになる。 |
|
 |
 |
2007-06-08 18:55:38 |
|
 |
風が吹けば桶屋が儲かる。
そこにはいちおうのロジックがある。
風が吹けば砂が舞って…目に砂が入って…
………………ネズミに桶をかじられて…
………桶屋が儲かる。
でも、
風が吹けば桶屋が儲かるから
風の強い町に桶屋を開店しましょう、
と提案しても誰も乗ってこない。
なぜなら、その理屈は屁理屈だから。
理論の鎖をつないでいく作業は大事。
でも、鎖をつないでいく途中で
理屈が屁理屈になっていたら?
ちゃんとしたロジックにのっとった企画か。
屁理屈をベースにした企画か。
受け入れる側は、直感でそれを見抜く。
理屈が屁理屈になっていることに
気づかないのは、
作り手の側だったりする。
これは仕事以外でもそう。
じぶんが正しいと思っている理屈は、
じっさいは屁理屈であるということが、
ときどきある。
そこに気づいてない人との会話はシンドイ。
まぁ、じぶんも気づいてない当人かもしれないけれど。 |
 |
 |
オイオイまた利益の話かよ。 |
|
 |
 |
2007-06-06 19:38:01 |
|
 |
会社の目的は利益ではないけれど、
会社は利益をあげなければ成り立たない。
会社の目的が利益追求ではない、
というのは、
利益をおざなりにしてもよい、
といった話ではない。
「利益を度外視しなければいいものをつくれない」
と我々クリエーターの多くが思っている。
そういう考えをもつことが、
「値段はあってないようなもの」などというレッテルを
外部の方々から貼られる要因になっている。
その根源に気づかないと、
この業界はいつまでたっても
「値段があってないような業界」のままだ。
利益を追求することは恥ずべきことではないし、
道徳に反したことでもない。
わたしたちは、
投機や不正で暴利をむさぼっている
わけではないのだから。
不当な利益など
いっさい頂戴していないのだから。
正しく利益を追求して、
正しい利益をコツコツと積み上げていく。
この基本行動を否定したら
企業のヴィジョンは
ただの絵空事になってしまう。 |
 |
 |
利益生産業、という業種はない。 |
|
 |
 |
2007-06-05 11:08:59 |
|
 |
企業は利益を追求する人の集団です。
それは認めます。
でも「企業はなんのために企業をやっているのか?」
の問いの答えが、
「利益をあげること」じゃないはずです。
企業の最終目的が利益にないのは、
人間の目的が単に呼吸することではないのと同じ。
利益の追求が必要な時期もあるかもしれない。
でも、それは組織の過渡的な姿でしょう。
利益生産業、という業種はない。
企業の目的は利益追求にないんです。
我々のようなクリエーターは
日々の業務と組織のなかに埋没しがちです。
なんのために企業活動をしているのか?
を見失いがちです。
なんのための活動かを想うことがないから
目的は?と問われたら
「とりあえず企業だから利益の追求でしょう」
といった答えを思い浮かべる。
ほんとうの答えは組織の外にある。
わたしたちは社会とどう関わるか。
その答えが、そのまま企業活動の目的になる。 |
 |
 |
ちっちゃい宮川の思う、ちっちゃい人。 |
|
 |
 |
2007-06-02 17:18:05 |
|
 |
人のことを批評したり
悪く言ったりしているのを聞くと、
ヒマな人だなぁと思うんです。
批評してる時間があったら
もっと時間を有意義につかおうよ、
と言いたくなります。
他者や他社のことなんて
どうだっていいじゃないですか。
ヴォイスやジオラマのメンバーは、
よその人や会社を指して
批評することを禁止にしています。
自分たちが、
他者を批評できるほどたいした人間じゃない、
と認識しているからです。
他者や他社から学ぶことはおおいにあっても、
批評すべきことはないです。
そもそも、
他者(他社)と比較したところで
本質的にはなんの意味も成さない。
もうひとつ。
一流といわれる人は、他人の批評なんかしません。
批評している人は、その時点で100%一流ではない。
自分や自社のことをもっと磨いて、
自らにもっと自信をもって、
他者や他社のことが気にならないような、
そんな自分(自社)になろうよ、と。
だから、もう、わたしの前で、
誰かを批評したりしないでください。
話を聞くの、めんどくさい。
そんな話を耳にすると、
「ちっちゃいなぁ」
と思ってしまいますから。
ちっちゃい宮川からそんなふうに思われたら、
心外でしょ。 |
 |
|
|
|
 |