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宮川真也
MIYAKAWA SHINYA
株式会社ヴォイス 代表取締役社長
クリエイティブディレクター
タテマチ大学/NPO金沢マチナカ大学 代表理事
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リーダーとは難儀な役回りなものよ。 |
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2006-11-28 13:18:04 |
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一頭の羊に率いられた百頭の狼よりも、
一頭の狼に率いられた百頭の羊のほうが、強い。
これは誰の言葉だったでしょう。
出自の不確かな引用で恐縮ですけど、
つまりチームというのは
リーダー次第で強くもなるし脆くもなる、
ということですね。
どんなにいい人材をそろえても、
どんなに人材ががんばっても、
リーダーが脆弱なら
チームは勝利しない。
サッカーは典型ですね。
スター選手をそろえても、
監督の戦術や采配がよくなければ
チームは勝てない。
けっきょくチームが機能しない責任は
リーダーが全面的に背負うべきなんです。
ただしチームが勝てば
手柄は選手のものですけど。
リーダーは難儀な役回りだと思います。
リーダーに抜擢されたならば、
あるいはリーダーになりたかったら、
そんな難儀を覚悟しなければいけない。
それがリーダーの仕事だと
理解しなければいけないですね。
容易ならない立場と責任から逃げている。
そんなリーダーにいったい誰がついていくというのか。 |
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まさかセール。 |
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2006-11-26 15:16:38 |
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AD 財部裕貴 D 財部裕貴 *ヴォイスサイトにもアップしてます。
セレクトショップのアレスが
12月2日(土)からセールを開催。
その名も「まさかセール」。
毎年6月に1度しかセールをやらないアレスが
この時期にまさかのセール開催です。
今回のセールはなんと店内の全商品全ブランドがセール対象。
ということは、

これも、

これも、
期間中に店頭にあったら
セール対象ということです。
なんかここで紹介することが
うちのお客さんだから的な見られかたをされそうですが、
でも、全商品セール対象なんて
2度とないかもしれないので、
家具インテリアが気になってる人は
ホント行ったほうがいいですよ。 |
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とある経営センス。 |
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2006-11-24 17:55:53 |
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きょうある企業のトップから
オファーを受けました。
「うちの社訓をつくってほしい」
と。
つまり、
朝礼などで唱和するコトバを
コピーライターといっしょに
つくりたいんだと。
オモシロイ社訓にしてほしい、と。
陰気で、曖昧で、
朝礼で唱和しても
1分後には憶えていないような
社訓にはしたくない、と。
ナマイキ承知でいわせてもらえば、
じつにセンスのいい経営者でいらっしゃる。
どこにお金をかけるか。
が、経営者のセンスだと思います。
(わたしのセンスには疑問符を)
経営というのは
何に投資するか、ですから。
ヒトにせよ、モノにせよ、
事業分野にせよ、業態にせよ、
商品にせよ、教育にせよ、
経営者の意思決定はぜんぶ
何に投資するかを
決定することですから。
先の経営者のようなセンスを見せられると
理屈ぬきに応援したくなる。
こういうオファーを受けたとき
文章をつくる仕事をしていてよかった、
と、つくづく思う。 |
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伝わってくる思慮深さよ。 |
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2006-11-23 14:04:01 |
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「しゃべれなければデザインで食っていけない」
と、アートディレクターの武田裕司が言っていた。
なぜこういう企画なのか。
なぜこのメッセージなのか。
なぜこんなデザインなのか。
アートディレクターやデザイナーは
その意図を説明する義務と責任がある。
もちろんコピーライターやCMプランナーにも、ある。
「なんかこのほうがよくないですか」
と言っているに等しい説明や、
断じて説得性に乏しい解説をする。
しゃべれていない。
クリエイティブは理屈じゃない。
が、完璧な答えのない世界だからこそ、
問題解決をまかせてくださる方々は
クリエーター本人を信じるしかない。
何をもって信じるか。
そのクリエーターの発する言葉であり、
そこから伝わってくる思慮深さだと思う。
ものづくりをする人間は
寡黙で口数の少ないイメージがある。
それは一世代前ではないか。
いや、昔から一流と称される人たちは
しゃべっていたはずだ。
「理屈っぽいこと苦手ですから」
「しゃべるの得意じゃないんです」
そういう発言やポーズをする若い人がいる。
だからものづくりの仕事に就いたんだ、という。
最も危険なパターン。
我々はそういう人間をほうっておけないし、
我々自身もしゃべって伝達する力を磨かねばならない。 |
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ヴォイスファミリーの落とし穴。 |
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2006-11-21 19:02:21 |
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ヴォイスのような小さなユニットは
ある意味、ファミリー。
ほんとうの家族のような絆が
いちばんの武器になる。
とは思うのだけど、
かたや家族にある馴れ合いが
ひとりひとりの成長を止めることもある。
たとえば、コミュニケーション能力。
ファミリーには暗黙知がある。
言葉で説明しなくても
彼・彼女の想いや
言わんとしていることは理解できる。
言葉がいらないぶん、
コミュニケーションのスピードが速くなる。
それはいいこと。
でも、家族内に馴れると、
家族外の人とのコミュニケーションがとりづらくなる。
正確で明瞭な言葉がないと伝わらなくなる。
家族同士の暗黙知に頼って
ふだんから想いや考えを言語化していない
ツケがまわってくる。
大きな組織では
個人の想いや主張を他者に伝える訓練が
日常的になされている。
十数名のヴォイスファミリーは、
他社が日常的にやれていることも、
意識づけしてやらないと
それこそいろんなツケがまわってくる。

場面は変わって日本海岸。
きょうは天気がよかったので、
スケジュールの合間を縫って
ハセケンたちとダッシュで撮影に。
海は冷えてます。 |
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AIDMA →AISAS。 |
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2006-11-20 21:30:44 |
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AIDMA(アイドマ)ではなく。
いまはAISAS(アイサス)ですね。
ですね、
って物知り顔で話してますけど、
ヴォイスがAISASを
広告づくりに反映させているかは
疑わしい。
AISASのAIは、
AIDMAのAIと同じですね。
A(Attention:注目する)
I(Interest:興味を持つ)
その後がちがう。
AIDMAは
D(Desire:欲求をもつ)
M(Memory:記憶する)
A(Action:行動する、購買する)
の流れだったのに対して、
AISASは
S(Search:調べる)
A(Action:行動、購買する)
S(Share:情報を共有する)
インターネットのサーチエンジンの利用が
「調べてから購買する」
という消費者行動を主流にした。
結果、
テレビCMや新聞広告は
AとIの達成のみに集中できる。
注目させて興味をもたせるところまででいい。
あるいはいかにSearchさせるかのみを考えればいい。
という解釈は
まちがっているでしょうか。
考え中。 |
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浅学非才ゆえに。 |
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2006-11-18 23:54:08 |
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ブランドというコトバが軽々しく使われて、
ブランド化のかけ声のもとに
軽薄なサービスがそこかしこで浮上したり、
あるいは薄く語られたりしながら、
金沢のマーケットは今日もよからぬ方角へ邁進している。
ヴォイスもその邁進の一端を担っていないか?
という自問自答。
広告屋である以上、
望もうと望むまいと
すべてのお客さんのブランドを
あずかることになる。
コレ自明の理。
ならば自問している暇はなく。
みずからの浅学非才を嘆いている時もなく。
来年3月にスペシャルなゲストを招いての
ブランドを考えるセミナーの開催が決定。
詳細告知は来月あたりにできそう。
ブランドを口走るヴォイスと
このまちのその他大勢が
もう恥ずかしくて「ブランドづくり」などとは
謳えなくなるようなセミナーにするのが理想。 |
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キャンペーンの仕事はスタイリングだ。 |
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2006-11-17 20:42:35 |
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以前紹介した風船あそびの
仕上がりがこちら。

AD 武田裕司 D 山崎哲平
これはポスター。
テレビとラジオも風船仕様。
(ヴォイスサイトにもアップしています)
キャンペーンオリジナルの風船ガムもつくりました。

キャンペーンの仕事は、
その企業やお店の
スタイリングの仕事という感じ。
「今回はこの衣装を着ましょう」
わたしたちは映画やドラマのスタイリストのように、
役者さんに衣装を着せていく。
今回の演じる役柄にあわせてスタイリングしていく。
そんな感覚があります。
企業やショップのスタイリングのご用命は、
スタイリスト集団ヴォイスまで。 |
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仕事でカッコつけずして一体どこで? |
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2006-11-16 18:23:24 |
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人生と仕事は
切っても切り離せないものだと思うんです。
人間は仕事でもって
人生を生きぬいていくわけだし、
仕事のなかで
人間形成がなされてゆくものでもある。
人格だって仕事でつくられていく。
「オイオイ宮川なんかが人生や仕事を語るな!」
とお叱りを受けそうですが、
だいじょうぶ。
たいそうなことを言うつもりはなくて、
要は仕事でかっこつけないで
オトナはどこでカッコつけるんだ、っていいたいんです。
どんな人生をおくるにせよ、
仕事の時間は
人生の大半を占めます。
だからそこでカッコつかなかったら、
オトナとしてカッコつかないんじゃないか。
「べつにカッコつけなくてもいいじゃない」
そういうことではなくて。
カッコイイワルイというより、
オトナとしての格好が、
人間としての格好が
つかないんじゃないかと。
そんなことを、
ふと思ってしまった本日。 |
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うまいはマズイ。 |
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2006-11-15 17:11:09 |
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うまいコピーはいらない。
うまいデザインもいらない。
コピーにはコピーライターのにおいがあってはいけない。
デザインにはデザイナーのにおいがあってはいけない。
そこにプロの足跡をのこしてはいけない。
広告を見る人に、
プロのしわざであると思われてはいけない。
では素人くさく広告をつくればよいのか。
そういう問題ではない。
素人っぽさは広告を見る人に不快感をあたえかねない。
エチケットの問題だ。
などということを、
考えながら仕事をしているのだけど、
なかなか。
考えどおりにいかないのはなぜか。
手クセがついているのか。
いや、やはり、技量が足りないことに尽きるか。
技量のなさを補おうとする。
その補いかたがプロっぽいんだ。
だから“うまい系”に走ろうとする。
うまくないくせに走ろうとするから始末に終えない。
マズイ。 |
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プレーヤーとマネージャー。 |
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2006-11-14 20:31:11 |
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昨夜、ある会社のマネージャーと
会食していたときの話題。
以前、その人は部下との面談時に
「もっと仕事をまかせてほしい」と懇願された。
「マネージャーだけで抱え込まないで」
そんな言葉をもらって、
わたしは部下の仕事を剥奪していたんだ、
と自覚したという。
以来、マネージャーという立場でしかできない仕事に
自分の時間を多く割こうと決意した。
プレーヤーとマネージャー。
そのはざまでマネージャーは揺れる。
「マネージャーはマネージャーでプレーヤーではない」
だからプレーする必要はない。
理屈はそうだけど、現実は複雑だ。
いろんな折り合いをつけながら
理屈をあわせてゆかねばならない。
その人も、決意はしたけど、
いまだ多くのファンを魅了する名プレーヤーでもある。
組織の外のわたしから見れば
やっぱりその人自身のプレーを求めるし、
今後もとびきりのファインプレーを期待してしまう。
むずかしい。 |
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ハグラカシテル。 |
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2006-11-12 02:26:04 |
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判断する。
決断する。
判断には基準がある。
決断は賭けだ。
経験や知識を基準に断じるのが判断。
覚悟をもって断じるのが決断。
判断できても決断できないのは
覚悟がないからだ。
決断するのは怖い。
というより面倒だ。
覚悟しなくちゃいけないから。
決断できない大人にはなりたくない、
と、たぶん10代のころに思っていた。
覚悟も勇気もなかったくせに。
いま、覚悟や勇気はあるだろうか。
言うのは容易いが。
「そんなむずかしいこと分かんないっすから」
「楽しけりゃ笑ってりゃいいじゃないっすか」
決断することから逃げている。
はぐらかしてはいけない時機と、
はぐらかしてはいけない立場の人間がいる。 |
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いい聴き手にならねばソンをする。 |
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2006-11-09 18:17:00 |
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きょうは雑誌の取材を受けました。
最近メディアの取材がいくつか重なったのですが、
インタビューに受け答えしていると
じぶんの考えがまとまっていく。
インタビューの時間を借りて
じぶんのモヤッとしていたことを整理できる。
こりゃぁいい。
ということできょうの取材依頼も、
じぶんなんかでいいんですか?と恐縮しつつ、
したたかに、いい機会を頂戴した次第です。
じぶんの考えをまとめていく作業は、
インタビュアーが優秀であるほどはかどります。
いい聴き手からいい質問をいただくと
ワクワクします。
引き出しの奥にしまっていたものが
にょきにょきと顔をのぞかせる。
結果、あとで赤面するほどよく喋っている。
聴く能力の高い人はすごく得ですね。
話を引き出せるから、
語り手が大切にしている部分までいっぱい話を聴ける。
ふだんの仕事では、わたしはほぼ聴き役です。
いい聴き手にならねば損する。 |
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すべての明暗を分けるのは、時間です。 |
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2006-11-08 19:38:45 |
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きょうも、もう、19時30分ですか。
1日は瞬く間に。
いま、すこしだけ落ち着いた。
1日が48時間だったらいいのに。
いや、1日の時間は
誰にも平等にあたえられている。
だからおもしろいんだ。
その限られた時間のなかで
なにをしたかが個人差になる。
企業もしかり。
平等にあたえられた時間のなかで
どんな仕事をしたかが優劣になる。
どれだけの時間を過ごしたかではなく、
どんな時間を過ごしたかが大事なんだ。
ちまたの啓蒙書にありそうな物言い。
紋切り型。
恐縮です。
が、
自分よりスゴイ人や、
ヴォイスよりスゴイ会社は、
けっきょく平等にあたえられた24時間のなかで
自分やヴォイスより濃密な時間を
過ごしているからスゴイんだ、と。思う。
それはそうと、
本日、みごとな芸術作品が
ヴォイスの撮影スタジオに。
全面、金なんですよ。
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かしこい人。 |
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2006-11-07 19:33:03 |
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アタマのいい人は
アタマの悪いことをする、
というけれど、
なるほど人間は知恵をつければつけるほど
いろんな悪事を起こそうとする。
それが悪いことだと知りつつも、
その向こう側にある甘い蜜を求めて行動する。
アタマがよくまわるから
うまくやりきる自信もある。
万が一の言いわけも用意できるし、
理屈をならべて正当化する準備もある。
計算がはたらく。
そうやってシミュレーションしていくうちに
いつのまにか悪事を悪事と思わなくなる。
アタマのいい人は、かしこくない。
人間的なバランスがとれなくなる、ということか。
いや、すべてのアタマのいい人を否定してはいけない。
全員が悪事を起こすわけではない。
言いたいのは、
アタマのいいことと、
かしこいことは別物であるということ。
優秀な経営者の方と逢うたびに思う。
彼らはかならずしもアタマがいい人ではない。
だけど、かならず、かしこい人ではある。 |
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新しくないもの。 |
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2006-11-05 19:10:24 |
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新しいことをするためには
なにが新しくて
なにが新しくないのかを
知らないといけない。
たとえば、
社会人になりたての新人や
学生たちは固定概念がない。
だから斬新なアイデアを思いつく。
若いから柔軟に発想できる。
そういう定説のようなものがあるけれど、
だいたいは期待はずれに終わる。
凡庸で稚拙なアイデアに終始する。
すべては、なにが新しくて、
なにが新しくないかを
知らないことに起因する。
じぶんのアイデアが
新しくないことに気づいていない。
若い人たちは
1年前に流行ったギャグを
連呼するオッサンを冷笑する。
同じ理由で、
すでに過去となったアイデアを
なんの迷いもなく提出する若い人は嘲笑される。
オッサンも若手も中堅も上司もない。
それが新しいか否かを
ジャッジできる人間かどうか。
これは新しくないなぁ、
という判断のできない人間には
新しいものの産出は期待できない。 |
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11月は美しい月に。 |
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2006-11-03 12:55:39 |
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ここ数週間のうちに
いろんな喜怒哀楽がありました。
怒や哀を綴ると
ブログの空気が重たくなるので
喜と楽のダイジェストで
一部写真を撮ったものだけ公開。

ここで、

こんなことしてあそびました。

ここに行ってました。

ここでも撮影してました。

図画工作も。

こんなモデルさんとの仕事も。

これはつかれました。

オトコたちのあやしいシゴト。
ヴォイスの10月をふりかえると、
てんやわんやでした。
いつものことかもしれませんが、
いつものことだとしたらちょっと情けないですね。
11月は美しい月になりますように。 |
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発信者でありたい。 |
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2006-11-02 19:43:32 |
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みなさま。すみません。
ブログを再開したとたん、
たくさんメールをいただいてしまいました。
だいじょうぶです。
ブログ熱は冷めていませんので。
なぜブログをやっているかというと、
正直さまざまな思惑があるわけです。
そのときどきによって
いろいろな想いを抱いて書いているわけです。
ただ、あえて想いをまとめるならば、
要するになにかしら発信したい欲がある、
ということかなと思います。
なにかを伝えたいんです、とか。
そういうたいそうな行為ではありません。
(MESSAGE200のときは、そんな気もちもありましたが)
ただ単に発信したい、
というのがブログにむかう自分の心情に
いちばんちかいです。
もうひとついえば
インプットしたらアウトプットする、
を心がけているから、
というのもあります。
見たことや聞いたことや読んだことや
学んだことや知ったことや気づいたことや感じたことを
ブログでアウトプットする。
すると再インプットされる。
これは1年以上やってみての実感。
いいものです。
ブログは10分以内で書きます。
だから苦痛に感じたことは一度もありません。
これからもつづけますので
また覗いてやってください。 |
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ヴォイスのまわりには多くの英雄が。 |
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2006-11-01 20:55:19 |
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ブログは停まっていましたが、
ヴォイスは動いています。
たとえばこれは北國新聞ジャック。

CD 長谷川健一 AD武田裕司 D 田中亜紀 財部裕樹
全面広告。先週金曜日の北國新聞紙上。
新聞のなかに他の新聞があるという。
*ヴォイスサイトにも掲載しています。
こういう刺激的なことをやれるのは、
多くの人たちの尽力があればこそです。
何名もの方が関わって知恵をしぼる。
汗を流す。
段取りをしたり。
夜遅くまで駆けまわったり。
人を手配したり。
さまざまな交渉がなされたり。
ほんとうは
関わったすべての人を
紹介したいのだけど、
それは野暮になりますから。
ただ、この手の広告が産み落とされるとき、
そこにはヴォイスのメンバー以外の
多くの英雄の尽力が宿っていることを
いちどきちんと記しておきたいと思いました。
ヴォイスはたくさんの人に支えられながら
生かされている、ということを
書き記しておきたいと思いました。 |
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