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宮川真也
MIYAKAWA SHINYA
株式会社ヴォイス 代表取締役社長
クリエイティブディレクター
タテマチ大学/NPO金沢マチナカ大学 代表理事
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好き? |
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2006-08-31 13:09:25 |
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「わたしはこっちのコピーが好きだから」
「こんな感じのデザインが好きだから」
「赤が好きだから」
「派手なほうが好きだから」
「こういうセンスが好きだから」
そういう「好き」が基準で、
たとえば広告の企画がつくられる。
好き嫌いで案が選ばれる。
ピンチだと思います。
「好き」からは何も生まれません。
ここでいう「好き」というのは
趣味程度に好き、といった意味合いです。
「そんなムズかしく考えないほうがいいよ」
「好みでもなんでもパッと見の感覚が大事だろ」
そういう声が聞こえてきそうです。
たしかにそうですね。
でも、そういったセリフのほとんどは、
考え抜くことができない人の言いわけや
ごまかしとして使われます。
理屈っぽいのがいけないのはわかってる。
理屈っぽい広告がよくないのも知っている。
だけど、理屈にあわないことはしてはいけない。
ナマイキすみませんですが、
ほんとうにそう思うので。
そういえば、ある作家は、
「趣味的なものからは何も生まれない」
といっていました。
賛成です。 |
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お互い幸せになりますように。 |
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2006-08-29 15:22:02 |
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Webやブログを観て
面接を希望してくれる人がいます。
うれしい話ですが、面接はたいへんです。
たいへんですが、たいせつなことです。
ヴォイスは人が中心の会社ですから。
最新鋭の設備に投資すればそのぶん受注が見込める?
たくさんの人を雇えば売上UPが期待できる?
そういう業種ではありません。
人の質で成果が決まる業種です。
というわけですから、
ヴォイスの社長なんて
社員がいなけりゃただの人です。
面接ではヴォイスの現在と未来を包み隠さずお話します。
未来は予知できませんから、
正確には「なりたい企業像」をお話します。
現在の姿と未来像のギャップもお話します。
「ヴォイスが描いている未来像と、いま現在の実情にはこのくらいの大きな溝があります。溝を埋める作業はたいへんです。シンドイからそれ相応の覚悟が要ります。ヴォイスの向かう方角とあなたのめざす方角が一致しないと、その覚悟も決められませんよね」
みたいな話です。
文章にするとカッコつけた感じになりますが、
とても泥臭い話です。
入社したのにヴォイスのめざす未来と交われなかったら、
それはすごく不幸なことです。
そうならないように
あらゆることを公開して判断材料にしてもらう。
お互いの不幸を未然に防ぐためには、
すべてをオープンにするしか術がないと思っています。 |
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日本代表監督とブランディングと。 |
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2006-08-27 23:52:21 |
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オフトという監督がいた。
「国際舞台の経験がないんだよな」と
国際経験のあるファルカンを招いた。
が、
「外国人ではコミュニケーションに難があるなぁ」と
日本人の加茂・岡田へ。
が、
「W杯を知っている人じゃないとなぁ」と
南アフリカを率いてW杯に出たトゥルシエに。
が、
「管理主義者より選手の自主性を重んじよう」と
満を持してジーコへ。
日本代表の監督選びは
場当たり的な反省のくりかえし。
そこには「日本のサッカーとはこうあるべきだ」という
ヴィジョンもコンセプトもない。
一貫性が生まれないのはあたりまえだ。
継続性もないし蓄積もされない。
それでは「日本らしさ」は永遠に見いだせない。
オシムは「日本代表を日本化しよう」といった。
が、
オシムが辞任するとき
「○○だったから次は××な監督にしよう」と
場当たり的な反省をくりかえすのなら、
永久に日本らしさはつくられない。
日本ブランドが象られることはない。
どんな「らしさ」をつくるかという
ヴィジョンがなければ、
企業も、街も、病院も、商品も、
場当たり的…をくりかえすしかない。
ありもしないゴールへ迷走するほかない。 |
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あるいは、無知に対する防衛策。 |
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2006-08-25 15:21:00 |
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ウォーレン・バフェットは、
世界で最も偉大な投資家のひとりとして知られる。
彼は「分散投資は無知に対する防衛策だ」という。
多くのファイナンシャル・アドバイザーは、
「投資対象は分散したほうがいいですよ」
ご自身を守るためにね、と顧客をうながす。
W.バフェットのいう「無知」とは、アドバイザー自身の無知だ。
どの銘柄や投資信託がすばらしい投資か。
それを具体的に言えないアドバイザーは、
「あれこれたくさん買っておくといいですよ」
とすすめるしかない。
そういって自分自身を守っている。
「お客様ご自身を守るために~」と言いつつ、
自分の身を、無知を、守っている。
広告クライアントにとってのメディアは投資対象だ。
メディアプランニングをまかされた者が
「テレビも新聞も雑誌もチラシもぜんぶやるといいですよ」
といった企画をもっていくのは、
自分の無知に対する防衛策にほかならない。
消費者の動向やメディア特性を研究し、
最良の投資対象を提示するのが
アカウントプランニングというものではないのか。 |
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ひさしぶりの、鼓動が速くなる感じ。 |
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2006-08-24 14:46:19 |
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「全国展開するんですね」
といったら、
「世界進出したいんですよ」
と、その20代の社長は微笑んだ。
昨晩の話。ヴォイスの応接室にて。
その人はヴォイスのウワサを聞いて、
わざわざ来社してくださった。
どんなヤツだ?うちをどうしてくれるんだ?
最初は品定めだったと思う。
会話をしていて、
ひさしぶりに
鼓動が速くなる感じ、
になった。
いつだったか。
ある経営コンサルタントが
「石川県は社長室に世界地図を貼っている人が少ない」
と嘆いていたのを思い出した。
世界を相手に闘おうと意気込む経営者が少ないという。
ボチボチやりたい。
上には上…を見ようとせず、
そこそこの段階から自らを磨くことをやめる。
(もとよりわたしにとってもすごく耳の痛い話)
昨晩は、
石川県もこういう人がまだまだいるんだ、
とうれしくなった。 |
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総力戦だ。 |
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2006-08-23 21:00:37 |
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あわただしい。
いそがしいとは言いたくないので、
あわただしい。
1日が瞬く間に過ぎてゆく。
わたしだけではない。
ヴォイスのメンバー全員が、
いま、たぶんそんな感覚だと思う。
そもそもヴォイスにヒマなときなどありえないので、
いわば年中そんな感覚かもしれないけれど。
でも、ここ最近はとりわけあわただしいのではないか。
仕事に追われているのではない。
追いかけている。
チャンスをたくさんいただいている。
期待してくださる方々がいて、
いまその期待がたくさん寄せられているから、
あわただしい。
いい仕事をしたかどうかは
クライアントが決めることだけど、
その仕事をこなすか否かは
じぶんたちが決めること。
ヴォイスは仕事をこなさない。
どんなときも流さない。
これが、わたしたちの約束。
いつなんどきも、これは、約束。
総力戦でいこう。 |
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問題は、あたえられると難題だ。 |
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2006-08-21 19:34:23 |
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問題は解くものではなく見つけるもの、
と思っています。
問題は見つけた時点で解けている、
というスタンスで仕事をしています。
じぶんにとって、問題と回答はセットなんです。
だから、じつは、
問題をあたえられるのがめっぽうニガテです。
「わたしたちにはこんな問題がある」
と先にやられると、
とたんにキュークツを感じてしまって、
身動きがとれなくなります。
受け身になってしまうというか。
自由が奪われるというか。
なんというか、
弱さを露呈してしまいます。
だから、いつも、
問題をあたえられる前に、
問題を先に見つけられるようにしています。
問題をあたえられても、
「いや、それが問題じゃない。
真の問題はこれです。
だから答えはこれです……」
…と。
本日ある人に
そんなような切りかえしをしてみせたら、
「それが宮川さんのやり口ですよね」
と笑いながら言われました。
バレてる。 |
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人と違う仕事がしたかった。 |
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2006-08-19 17:43:56 |
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大勢が右を向けば左を向きたい。
誰かが黒なら白でいきたい。
そういう性格。
小学生のときから、そう。
で、この仕事をはじめる動機も
「人と違う仕事がしたい」だった。
他の人ができることなら、
自分がやる必要はない。
というより、
他の人がやってることは
むかしからなぜか楽しめない。
だからこの仕事をはじめるときも、
他の人ができないことをやる仕事だと思ったから、
強く本気でやりたいと思った。
才能もセンスも知識も常識ない小僧だったけど、
「意地でもコレでメシ食えるようになってやる」
と思った。
ブームに乗るんじゃなくて
むしろブームをつくる側でいたい。
などという、気恥ずかしいナマイキも抱いていた。
そういえば、
ヴォイスで多くの人を面接させてもらっているけど、
「人と違うことがしたいからこの仕事を選びました」
という人とはまだ逢っていない。
じぶんはやっぱり特殊な変わった人間なんだろうか、
と、ふと思った。 |
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大海原をゆく航海みたいなものだから。 |
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2006-08-17 22:51:42 |
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会社というのはつくづく生き物だと思います。
たとえば、お盆休み前のヴォイスと
休み明けのヴォイスはちがう。
進化しているか、退化しているか。
それはともかく、変化しているのは事実。
経営は、航海と似ています。
風が変わる。波が変わる。
気候も、気温も、気圧も変わる。
なにもかも、昨日と同じ条件下にはない。
昨日と同じ舵取りをしていては
船はうまく進まない。
企業活動は大海原をゆく航海のようなものだから
そのときどきで臨機応変が欠かせない。
たとえば、毎回同じ形式の会議はしたくない。
そのときの出席者の顔つきを見て
そのつどスタイルを変えてみたり。
室内にただよう空気を読んで
いつもの流れをあえて逆にしてみたり。
そういうことも必要ではないかと思って
いろいろ試みたりしています。
成功しているかどうかは定かではありませんが。
それが正解かどうかも判りませんが。 |
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オトシマエをつけなくちゃね。 |
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2006-08-16 17:31:23 |
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発言するということは怖いことです。
まず、コトバは独り歩きするからです。
ひとつのコトバは、
受け手によってさまざまに解釈されます。
たとえば、わたしのような半人前がコトバを発すれば
生意気にも、自慢にも、ヘタな説法にも映ったりする。
自身はそんなつもりなどサラサラないわけで
まさかこう解釈されるなんて…と恐怖におののくわけです。
もうひとつ。発言することが怖いのは、
自分の能力と発言にギャップが生じることです。
言うは易く、行うは難い。
…ではありますけど、やはり言動不一致はマズイ。
自分の能力不足だから仕方がない、ではすまされない。
言ったことをやらない(やってない)のは嘘つきでしょう。
「がんばってるんですけどまだまだ力不足で…」
これも約束破りに等しい。
結果として「やらない(やってない)」のは、
ある意味、裏切りですね。
とまぁ、発言することはとても怖いんです。
考えれば考えるほど大きなリスクが見えてきます。
それでもこのブログは
もうしばらく続けてみることに決めました。
自分自身やヴォイスに重荷を課すことを継続したいからです。
発言することは恐いですけど、
それは重荷を課すことへの恐怖でもあるわけで、
そこを怖がっていたら前へ進めないのではないかと。
有言実行というか。
自分の発言にきちんと落とし前をつけていく。
コトバの独り歩きや言動不一致は
これからも多少あるでしょう。
いろんなリスクはあるとしても、やはりそういうやり方が、
自分を動かす最良の方法だと思いますので。
わたしはものすごくなまけ者なので。 |
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起。機。奇。 |
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2006-08-11 16:10:34 |
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今週は企画書をつくることが多かった。
いろんなタイプの企画書づくりをやってみて、
あらためて認識した。
企画書には起承転結がある。
とすれば「起」こそがいちばん肝心。
「起」は、「機」や「奇」に通じている。
企画書は、冒頭に相手のこころをつかまなければいけない。
そのために「起」を「機」に変身させたり、
「奇」を用いたりする。
こころをつかむために機転をきかせてみる。
ときには奇策を講じてみる。
たとえば、起承転結の「結」の部分を
「起」にしてしまうやり方もある。
これも、結論を最初に言ってしまう、という奇策かな。
そもそも「機」や「奇」の考え方は
キャッチコピーと通じる。
キャッチは「起」。
だから「機」や「奇」を用いる。
冒頭の「起」に工夫のない企画書は、
キャッチ不在の広告みたいなものかも。 |
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大事なことを忘れかけていた、か。 |
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2006-08-10 21:21:25 |
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わたしたちは“こんな人”をお客さまにする。
いや、生ぬるい。
“こんな人だけ”を顧客とする。
顧客ターゲットを絞ると
店舗や商品やサービスに個性が生まれる。
商品開発の基本ですね。
広告も同じ。
ターゲットをしぼることで、
広告に個性が生まれる。
広告が個性をもつということは、
消費者が無視できない“強い広告”になるということ。
企業もしかり。
顧客ターゲットをしぼりこむことで、
企業に個性が生まれる。
企業に個性が生まれるということは、
企業の価値がわかりやすく市場に伝わるということです。
……という広告クリエイティブやブランディングの
セオリーがあるわけですけど、
ときにヴォイスという企業はだいじょうぶか。
ヴォイスの価値はわかりやすく市場に伝わっているか。
いや、そもそも、価値はあるのか。
じぶんたちの価値をつくるために、
価値を伝えるために、
選択して集中していくというやり方。
最近ちょっと忘れかけていたかな、
と思います。 |
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裏日本賛歌。 |
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2006-08-09 18:46:40 |
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ものごとには表と裏がある。
表に対して裏はイメージが悪い。
裏道は暗い。
舞台裏はあわただしい。
裏ビデオはいけない。
体育館裏は先生に睨まれやすい。
でも裏のほうがオモシロイという説もある。
裏原宿が熱い。
裏ワザはすごい。
裏町には味わいがあるし、
裏ビデオにも。
裏は捨てがたい。
「裏を返せばこうだよね」
と言うように、
裏にはじつは真理が潜んでいたりもする。
北陸は裏日本といわれる。
わたしたちはときに「裏とはなんだ!」と
叫んだりもするが、
いや待て「裏」も悪くないなと。
裏ならではの味わいや、
驚きや、発見や、深さや、嗜みや、情感や。
体育館裏での××には、
表にはない誘惑や緊張や快楽がある。
そう考えていけば
裏日本上等じゃないか。 |
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YESとNOがはっきりしている人。 |
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2006-08-08 21:43:28 |
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きょうは某クライアントの方と長話を。
「そっか、もう3年以上のおつきあいになるんですね」
「ですよねー。宮川さんみたいな人とよくもまぁこんなに長く…」
「…みたいな人とは?」
「いや、ほら、お互いアレだし…」
「個性強いし、ですか?」
「まぁそういうこと…」
すみません。我が強くて。
わたしはともあれ、
ヴォイスのクライアントの方々も
個性の強い人が多いです。
主張の強い人、という言い方もできると思います。
主張をもった人は、
YESとNOがはっきりしています。
明確な判断基準をもっています。
だから仕事がしやすい。
NOと言われればNOの理由もわかりやすいし、
ときにその人の言うYESが間違いだと気づけば
「それは間違いです」と指摘もしやすいですし。
かたや主張のない人は
判断基準があいまいなままです。
YESとNOの境界線がぼやけているから
仕事をするのがむずかしい。
決断する勇気がない人とは、
たとえば同じ会社の上司と部下の関係でもやりにくい。
それと同じですよね。 |
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ザ・アカウントプランナー。 |
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2006-08-07 22:53:16 |
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失礼ながら、
石川県にはアカウントプランナーは
存在しないと思っていました。
アカウントプランナー(AP)とは何者か。
広告制作者のヴォイスの目線で話せば、
APは消費者のプロであり、
すなわちクリエイティブの水先案内人です。
“消費者がこころを動かすツボ”を知るAPは、
ヴォイスのようなクリエーターに
「このツボを突け!」と指示や指針をあたえてくれます。
「広告づくりは、広告をつくる以前に決着がついている」
じぶんはそういうことをよく社内で言うんですけど、
これはつまり“ツボ”を発見せずして、
いい広告はつくれないということでもあります。
どんなにいいクリエイティブ表現をしても、
ツボをまちがっていたら
消費者は動かせないということです。
今日は、わたしの知るかぎり、
石川県で最も有望なAPとミーティングをしました。
そのAPの上司の前でも言いましたが、
1年前と比べてとても成長している。
石川県にAPは存在しないなどとはもう言えません。
彼のようなAPが増えれば
石川県の広告はもっとおもしろくなる。
ヴォイスにとっても頼もしい存在です。

「アカウント・プランニングが広告を変える~消費者をめぐる嘘と真実」
ジョン・スティール著(ダイヤモンド出版)

「インサイト~消費者が思わず動く、心のホットボタン」
桶谷功著(ダイヤモンド社)
アカウントプランニングに関する本は、
この2冊がわたしのおすすめ。
文中のAP某氏もたぶん読破しているでしょう。
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リアル。 |
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2006-08-06 23:47:52 |
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今週末は東京へ。
ヴォイスのメンバーと視察目的で。
インターネットがあるから
東京と地方の距離は縮まったとか。
メディアを通じて
情報はいくらでも手に入るとか。
そういう言い方をするけれど、
ウソだと思う。
メディアが運んでくれる情報と
自分の耳目で得た情報では
質も量もまったく異なる。
リアリティがちがう。
たとえば、
現地で目にすると
うわっと声をあげて驚いたり
声にならない声で唸ったりする。
ネットや雑誌を見ても声は出ない。
そのちがい。
スケジュール的には
かなり無理したけれど、
行った甲斐はあったと思う。
“知識を入れ替える”という意味では。
東京視察でインしたものは、
今週からさっそくアウトで。 |
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入れ替える勇気。 |
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2006-08-04 13:01:37 |
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「ミスター・ドラッカー、暇なときは何をしていますか?」
「…暇なときとはどんなときかね」
故P.F.ドラッカーは、先の質問にこう答えた。
ドラッカーが90歳を過ぎても
経営学の第一人者でいられたのは、
知識を得ることへの強い執着があったからと思う。
「暇なとき」がないのも、
あたらしい知識を蓄えることに
四六時中飢えているからだろう。
ドラッカーは若かりしころから
膨大な知識を獲得していた。
なのに「もう充分だ」とはならない。
いつも知識を入れ替えようとする。
考えてみれば、
これはとても勇気のいることだと思う。
いつも同じものを見つづけている。
数ヶ月前と同じスタイルでいつづけている。
数年前と変わらぬ型で取り組みつづけている。
勇気がないからそうなる。
“入れ替えよう”とする勇気があれば、
暇なときなどない、
という言い方ができるかもしれない。 |
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イベントTシャツ。 |
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2006-08-03 11:03:32 |
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学生プロジェクト「創ル部」のメンバーが
イベント用に制作ディレクションしたTシャツ。
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オトナの社会科見学へ。 |
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2006-08-02 23:06:42 |
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昨夜、学生プロジェクト「創ル部」が企画した
クラブイベント(supported by neo.tv)がありました。

YUKATA DANCE PARTY@MANIER
ここへ参戦。
というより、
オジサンの社会科見学でしょうか。
200名ほど集まっていました。
平日で200名はこの箱の記録だ、と誰かが言ってました。
きわめて短い準備期間だけど
「200人集めよう」
と目標にしていたのですが、
彼ら彼女らはホントに集めてしまいました。
おそるべし学生パワーでした。
ここ最近、
やればできるということを
学生たちに教えられている気がします。
最初からあきらめていたら、
なにも成しえない。
オトナはあきらめが早い。
というより、やる前からあきらめている。
実行力。見習いたいと思います。 |
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ええ、フットボールジャンキーですが。 |
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2006-08-01 17:15:54 |
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ドイツW杯決勝前、
スタジアム前の広場でフランス人とイタリア人が
球あそびをしていました。
10歳くらいの子どもや
ヤンキー風情の若者や
中年太りのオジサンが入り乱れて、
サッカーボールを蹴ったり、
追いまわしたりしていました。
5~6人が輪をつくってボールをまわす。
それを真ん中にいる1~2人のオニが奪おうとする。
奪ったらオニ交代…のアレです。
(名称がわかりません)
アレがやりたい。
国籍も年齢もボーダレスな
あのあそびができるオヤジになりたい。
「日本に帰ったら誰かに教えてもらおう。」
そう強く思っていて、
一昨日の日曜日にようやく実現しました。
フットボールジャンキーの方々に誘われ、
滝のように汗を流してきました。
幸い自分のまわりには
サッカー経験者(すごい経歴の方々)が多数。
ご指導ありがとうございます!

日曜日以来、
ボールを会社に持ち込んで
ちょくちょくいじってます。 |
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